8月15日に、唄う。

あんなにカンカン照りで暑かったのに、

小雨交じりで迎えた8月15日。

平和を祈る、大事な日である。

玉音放送の日から18年経って、

松原は、この世に生を受けた。

そのひと月後、

のちに一世を風靡するロックバンドの

ソングライター&ボーカリストも、生を受ける。

生きてきた時間は、…変わらない。

見てきたモノや聞いたこと、感じたことは違うけれど、

繋がっている何かを感じさせてくれる。

オーディエンスとして、リアルタイムで唄ったことはない。

でも今日、8月15日に、唄いたい歌…。

…………、

    永遠なのか、本当か?

    時の流れは続くのか。

    いつまで経っても変わらない、そんなモノあるだろうか。

    見てきた物や聞いた事、今まで覚えた全部。

    デタラメ?だったらオモシロイ。

    そんな気持ち分かるでしょ。

…………、

    答えはきっと奥の方、心のずっと奥の方。

    涙はそこからやってくる、心のずっと奥の方。

…………、

    なるべく小さな幸せと、なるべく小さな不幸せ。

    なるべく一杯集めよう、そんな気持ち分かるでしょ。

…………、

    答えはきっと奥の方、心のずっと奥の方。

    涙はそこからやってくる、心のずっと奥の方。

…………、

    情熱の真っ赤なバラを胸に咲かせよう。

    花瓶に水をあげましょう。

    心のずっと奥の方。

                                                 甲本ヒロト  作

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晴れているから。

いよいよ、8月である。

短いトナシベツの2008の夏、である。

そんな中、札幌から原付でその青年は訪ねてくれた。

若さは、エネルギッシュである。

「晴れているから。」

その理由で、往復350kmの移動に原付を選択する彼は、…イイなぁ。

10月末に行う予定の「バイダルカ」講演に関しての打ち合わせの為だけに、

遠路、彼に御足労をわずらわせてしまった。

現代において「バイダルカ」は特殊な存在であり、

手に入る情報は限られるが故、彼は、無知であり、誤解をする。

しかし、最高学府に在籍する二十歳を過ぎた青年である。

松原の話に、クリアでスマートに、深夜まで耳を傾けてくれた…。

松原は、木を素材としてもの作りをし、生業としているに過ぎない。

松原とて、無知や誤解は数えきれず…。

それが彼より少し、少ないだけである。

「バイダルカ」を知る。それは一筋縄ではいかない。

長い歴史を持ち、それ自体のもつ特性や、特殊性が故、

考古学、民族学、歴史学、民俗学の専門書からも、

情報や関連する知識を得なければならない。

松原の本棚も、いつの間にか、それらの書物が巾を利かせている。

そして案の定、それらの書物は、限られた事実を列挙し、

その事実の上に

自らの説や論を構築している。

実は、その事実がくせ者である。

その多くは、自分の説に都合の良い事実だけを取り上げる。

しかし、学者、研究者でない松原は、

己のバイダルカ製作の経験を土台に、

それらの書物から、真実の糸口を探す…。

…「 北千島のアイヌは、バイダルカを作り、使っていた。」

…「中千島に連れてこられたのはアリュートだけではなく、

その大半がコディアック島のエスキモーだった。」

まだまだこれから、事実は現れ、誤った解釈はゆっくりと正されてゆくのだろう。

ベーリング海を走るバイダルカは、オホーツク海も駆け回っていたようであり、

アリュートも、エスキモーも、アイヌも、バイダルカを持っていたようである。

どうやら、松原の作るバイダルカは、

時間旅行に出掛けねばならない。

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………、

そんな話を深夜までしながら、2時間ほどの仮眠で、

青年は、朝霧の中、原付で消えていった。

…「今日テストがあるんで。」 と、笑顔で言い残して。

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向日葵の咲く頃。

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トナシベツも、いよいよ夏である。

写真の向日葵畑は、隣町の山部にある。

休耕地は、日本中何処にでも有り、

そこへ向日葵を植えるのも見慣れた光景かもしれない。

松原が一番好きな花、向日葵。

しかし、

向日葵は、連作障害はもちろん、病気にもかかるし、風雨にも弱いし、

土の養分を手当たり次第吸い上げ、土は痩せるし…、

作物としては、…あまり農家は作りたがらない。

それでもやっぱり、

どこかの畑で、

毎年、向日葵の花が夏の景色を彩る…。

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真っ直ぐに空に向かい、大輪を咲かせる。

明るくて、元気。

それは向日葵の代名詞だ。

来週、

バイダルカのことで、ある人と語り合うことになった。

明るくて元気な大学生である。

多分、インターネットを使い、簡単に手に入る情報で、

彼の頭は、今一杯だろう。若さ故の、

そんな彼の無知と勘違いを、ひとつずつ確かめ修正しながら、

世界にたったひとつの花を咲かせる為の、時としたい。

勿論、松原は、一介の木の業に携わる男であり、

歴史学者でもなければ、民族学者でもない。

しかし、素人なりに、過去を紐解き、先人の足跡を辿る時、

したり顔で過去を語る人間の、

足下から覆されるような勝手な解釈に、

時に辟易とさせられる。

彼には、石油で作った舟だから、櫂だからといって、

見るに堪えない、傷だらけのカヤックやパドルの使い手にはなって欲しくない。

20年前、カヌーをビルから落としたり、車をぶつける広告に

踊らされた人がいた。だから、乗り手も平気でカヌーを岩にぶつけた。

過去の舟は、直ぐに壊れたが、現代の舟は、無敵だ。

そんなことを、平気で言い続ける輩に、彼にはやはりなって欲しくはない。

ひとつずつひとつずつ、いずれ先頭に立つであろう

彼らの役に立てれば、それはこの上ない、幸せである。

………。

向日葵を育てる…やってみればわかる。

手間なのに、大変なのに、

それでもそれは幸せなことであると、

やったことがある人は、ちゃんと知っている。

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ありがとう、ピケ。

富良野は、そろそろメロンの季節。

苺やさくらんぼ、様々な果物がたわわに実り、ラベンダーが咲き乱れる季節である。

先日取り上げた映画「紅の豚」。

映画 「 紅の豚 」で、マダム・ジーナの声を演じたのは、おときさん。

松原が産声をあげる頃、シャンソンの歌姫。現役東大生のマドンナだった。

学生運動たけなわの60年代に青春し、獄中結婚をしたり、波瀾万丈のひとである。

映画の中で、マダム・ジーナは、シャンソン「サクランボの実る頃」を歌った…。

そして、エンディングでも、

ジーナは、歌う。

………、

時には昔の話をしようか   

通いなれた 馴染みのあの店 

マロニエの並木が窓辺に見えてた 

コーヒーを一杯で一日

見えない明日を無闇に探して   

誰もが希望を託した

ゆれていた時代の熱い風に吹かれて 

体中で瞬間(とき)を感じた   そうだね

道端で眠ったこともあったね 

何処にも行けない  みんなで

お金はなくても  何とか生きてた

貧しさが明日を運んだ

小さな下宿屋に幾人も押しかけ

朝まで騒いで眠った

嵐のように毎日が燃えていた

息が切れるまで走った  そうだね

一枚残った写真をご覧よ

髭面の男は君だね

どこにいるのか今では分からない

友だちは幾人かいるけど

あの日の凡てが空しいものだと

それは誰にも言えない

今でも同じように見果てぬ夢を描いて

走り続けているよね    どこかで

                                加藤登紀子  作

主人公・ポルコが飛行艇で天空をゆっくり翔る…、

天空には虹の橋が出来る。

………、

アウトライダー・犬ぞり隊の「ピケ」が、

今日、虹の橋を渡った。……走り続けているよね、きっと。

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男ってヤツは。

誰か来ないかなぁ…

と橇犬達はあくびを続ける、そんなトナシベツ。

退屈だからと言って、

トナシベツの生活で、松原は、テレビを見ない。

いや、テレビがないから見られない、が正しいのか。

映画を見るなら、100Km離れた旭川の映画館へ。

上手くすれば、富良野でレンタルしてパソコンで。

しかし、17インチ液晶モニターのちいさな映画はやっぱり、つまらない…。

それで考えるのは、

「冬のゲルの中でホームシアター」である。

ゲルの中で見たい映画をリクエストしてもらって、

トナシベツの森のゲルで、不定期上映会…。

そうそう、

松原はどうせ真冬に観るなら

「紅の豚」が久しぶりに観てみたい。

…15年以上は前の映画かな。

………どうしようもないけどカッコイイ男たちと素晴らしくイイ女たちの物語…。

…「飛ばねぇ豚は、只の豚だ。」と、格好つけるシブイ男。

…そんな男に、「馬鹿!」と、啖呵を切るウレイの美女。

出てくる男は、どいつもこいつも、

「どんな馬鹿やっても、笑って許してくれたらいいなぁ…。」

という男ばかり…。

出てくる女と言えば、イイ女のオンパレード。

ホテルのオーナーは、女優のようで、ピアノ伴奏で歌い、

男達が乗る飛行艇を男に代わって作るのも、頼れる女たちだった。

木製のモノコック構造の飛行艇は、本当に格好良かった。

それを女たちが作る…。

少女さえも、女は仕事を仕事として理解する

大人として描かれていた。

そして、主人公の男たちはやっぱり、自任する。

「飛行艇乗りは、男の中の男。それは、海と空の両方が男の心を洗うからだ。船乗りよりも勇敢で、陸の飛行機乗りよりも誇り高い。大事にするものは、カネでも女でもなく、名誉だ。……。」

そんな男を女たちは、

「飛行艇乗りは、女を桟橋の金具くらいにしか考えていないのよ。」 と一喝…。

飛行艇が空を翔るシーンは心躍る…。

………イタリアの蒼い青い海と空。

………厳寒のトナシベツの真っ白な森で、薪ストーブのゲルで、観てみたい。

………自家発電システムをゲルに作らなきゃ……、またやることが増える…ふぅ。

それにしても、

「紅の豚」の世界では勿論のこと、

「 男という生きものは、

どこまでも、どこまでも、

こどものまま 」であり、

「 女は、素晴らしく、素晴らしく、

大人 」である。

………そう言えば、

松原の周りを見渡しても、

男の中の男でも、

男は、40だろうが50だろうが60だろうが、

こどものまま、の人しかいないようである。

勿論、松原は自分がなんだかは知っている、

つもり………である。……あはははは。

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ら・ら・ら

インディアンカヌークラフト&アウトライダーのベースは

波トタン外壁の所為か、ラジオの入りが大層悪い。

2階の工房は、FMが入るが、1階は、AM しか入らない。

1287MHzから、懐メロが流れる…。

外ではサモエド・ハルーが、牧草を集めるトラクターに吼えて、

なんとも長閑なトナシベツ…。

   懐かしい匂いがした  スミレの花時計

   恋愛中ってもっと楽しいと思ってた

   好きになるのは簡単なのに

   輝き持続するのは……

   ♪ らら~ららら~ららら~ら~らら~

   今日と明日はあなたに逢えない

   テレビやマスコミは一体誰のもの?

   とっても寂しいから とりあえずつけてます

   夢があるのはいいのだけれど 

   こんな忙しい人じゃ……

   ♪ らら~ららら~ららら~ら~らら~

   今日と明日はあなたに逢いたい

   年月が経つのは何故 こんなに早いんだろう

   あっという間にもう  こんな年齢だし  親も歳だし

   あなたしかいないし…… ねえ

   ♪ らら~ららら~ららら~ら~らら~

   何かやらなきゃ  誰にも会えない

   人の心 裏の裏はただの表だったりして

   振り返れば恋ばかりで  つい自分を忘れていた

   これから私  何をどうして行けばいいんだろう……

   ♪ らら~ららら~ららら~ら~らら~

   やっぱり~

   今日も明日もあなたに逢いたい

   ♪ らら~ららら~ららら~ら~らら~

   だけど~

   今日も明日もあなたに逢えない

   ずっとずっとずっと… 一緒にいようね~

                                      (大黒摩季 作)

一緒に口ずさんでいたら、郵便が届く。

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笑顔で手渡された小包は、

心ばかりの御祝いへの返礼。

ジューンブライドをあげた二人は、しばらく北海道を離れる。

初めて北海道から離れる二人。新天地で鍛えられ、

大きくなって帰ってきて欲しい。

松原もジャックに浮気して、

ターキーのリッター瓶なんぞを飲んでいる場合ではない…。

PEWTER の ウイスキーフラスコであるからして、

質より量、じゃなくて質・拘り…。

「 適量 」の旨い酒で、

夢と希望の二人に、乾杯! である。

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着々と、着々と。

咲いた、咲いた。トナシベツに桜が咲いた。

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そしてすくすくと、すくすくとギョウジャニンニクも顔を出す。

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ポントナシベツ川は、雪融け水が轟音を響かせ、海へ海へと向かう。

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犬ぞりツアーで毎日通ったトレイルは、これから緑に覆われ

森の生きとし生けるものが、賑やかに賑やかに動き出す。

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誰にも会わず林道往復20kmをサイクリング。

会えたと言えば、牧草畑にいたオオジシギに始まり、ヒバリ、ハクセキレイ、

ウグイス、センダイムシクイ等々。

水溜まりのエゾアカガエルのオタマジャクシに、エゾサンショウウオ。

トナシベツの森の喧騒は、耳にここち良い。

…緑の季節がいよいよ始まった。

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作る人、再び。

普段、薬物を使用しない人間が

病に体を冒されたからというだけで

その恩恵にあやかろうというのは

本来、むしのいい話である。

松原が高熱にのたうち回り、リンパ腺の腫れにより口も開けられず

頭痛で意識がもうろうとなっていたのは、処方箋による投薬で

症状はもちろん、治まる。

しかし、である。

処方された薬には、すべて副作用が付きまとっており、

今回の松原の病で、すべての薬物の副作用がものの見事に現れた。

目眩、吐き気、しびれ、食欲不振、下痢、発熱…etc 。

そんなこんなで、さらに1週間近く、病により伏せておりました…。

しかし、ガンバリ屋さん松原はしっかり、

充電期間としてこの貴重な時間を噛みしめる日々。

今シーズンの犬ぞりが、

怒濤の終焉というカンジの幕切れだったのに、

カヌーシーズン、 作り手松原のシーズン再開は、

結果的に、ゆっくりとゆっくりと始めざるを得ないのであった…。

そしてそんな中、

病に伏せながらも何気なく手に取った本である。

装丁がとても綺麗で、

イカしたオヤジがその半生を綴っていた…。

その人は、こんなことを言うらしい。

………「貧乏は素敵だよ。貧乏は工夫する。だから貧乏は楽しい。僕は貧乏が大好き。」

………。

そしてこんなことも言うらしい。

………「作りたいモノを作る。それが僕のやり方なのに、

金を稼ぐために作るようになっていった。

そうして作ったモノは、やっぱり納得がいかない。

だから、本当に作りたいモノだけしか作らない。」

………。

そしてこんなことも。

………「頭で考えるより、手を動かして作っているのが楽しい。

これが自分が生きている証だよ。本当に幸せだよね。」

………。「いいモノが作れたら、次はもっといいモノを作りたい。

うまくいかなかったら、次はいいモノが作れるように頑張る。

僕の人生はそれの繰り返しだよ。

僕が作ったよ。そう胸を張って言えるモノを作りたい。」

………。

………「自分が作ったモノに満足なってしたことがない。

満足したら、終わりだよ。」

「僕はいつか本物の羽を作りたい。」

………。

その本は、「 YELLOW  EAGLE  」 。

http://www.a-works.gr.jp/goros/index.html

松原と別な世界に生きるヒト。

でも同じカンジ。

松原に刺激をくれる数少ないヒト。

さぁ~、負けずに作るぞ~!!!!!

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夢の中へ。

7種類の薬に助けられ、氷のうに微睡み

松原は、夢の中にいた…。

夢の中へ……………。

そのおおきな鉄の翼をもったけたたましい音を響かせる鉄の鳥は、

松原を鷲掴みにして海に向かって真っ直ぐに飛び立った。

雲の遙か彼方まで舞い上がりまぶしい太陽を浴びて、雲の海の上を漂った。

しばらくして、舞い降りた場所は、幾つもの塔が天空に向かい突き出で、

あらゆるモノがせわしなくうごめく、それは目映うばかりの摩天楼であった。

そして松原は、何匹もの鉄の龍が地を這う中の1つにくわえられ、

魑魅魍魎のすみかへと連れ去られる。

はき出された場所には異邦人が溢れ、誰一人として知るものはなく、

松原の存在を気に掛けようとしない。どうやら、松原の姿は目に入らないようだ。

しかし、松原が懐の財布に手をかけた途端、松原の姿は見破られ、

見たことのない笑顔が近付き、

有り金をすべて巻き上げようと

巧みにまとわりついてくる、それは魑魅魍魎の世界。

互いが輝き薫り魅惑しされる、モノとヒトの溢れこぼれる世界…。

松原は、いつのまにか迷い微睡み溺れ始める…。

暗い大きな部屋では、異国の地の英雄が壁一面の巨人となり、その半生を語りかける。

そしてまた、

白いとても長い龍が行き交うのを

それはそれは大きな透明の壁越しに眺め、異国の酒宴を施される。

いつしか媚薬が何処からか松原を蝕み溺れ始め、松原は溺れるのを気付きもしない。

しかしつかの間の微睡み、

一矢の光が差し、

赤い鋭利に突き出た古い塔の袂に置かれた

銅に変えられた橇を引く犬たちが

山へ帰れ!と吼え立てたのである。

…ここは、お前の来るところではないと。

異邦人には聞こえぬ橇犬の咆哮により、鉄の龍は松原をくわえ、

大きな鉄の翼を持つ鳥の下へと連れ去る。

夜の帳で、更に摩天楼はきらめき、

松原に媚薬を嗅がせつづける…。

しかし銅に変えられた橇犬の御陰で、鉄の翼の鳥に鷲掴みにされ

松原は再び天空へと舞い上がる。

天空が呆れるほどの光が、地表からほとばしる…。

生暖かい奇妙な色の夜空から、ひんやりとした漆黒の空に吸い込まれ、

そしてその時、

目が覚めた。

………。

あと少しで、元通り。いやそれ以上に。

ご心配頂き、恐縮至極。

それはそうと、松原の見る夢。……夢は現か幻か、である。

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Knock out , 松原撃沈!

過労しているのは周知のとおり。

3月31日にすべての犬ぞりツアープログラムが終了し、

直ぐさま、ワイルドヘブンの撤去作業に雪崩れ込み、

スタッフのねぐら「別荘」の引っ越し作業を終える…。

すべての作業は、休みなく続けられ、松原の疲れはピークに達した。

そして、4月11日、すべての作業が終了した。

同時に松原の両耳下のリンパはパンパンに腫れ、

熱が38度を超え、頭痛と倦怠感に襲われる…。

咳が止まらない…。

即刻、病院送りとなり、点滴が付けられ、薬漬けとなる…。

元気な松原となって、復帰、復活いたします…。

……… I will be back !

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節目。 そして、 Turning Point 。

御存じの方も多いが、冬の時期、松原は殆ど屋外にいる。

松原の暮らす北海道・トナシベツの森の冬。

今年は、マイナス30℃を超えたりもした、北の森である。

松原がトナシベツに居を構え、17年が経った。

それは松原の北海道生活が22年目を迎えたということでもある。

2008年、平成20年2月21日、

インディアンカヌークラフトは、設立20年目に突入した。

気が付けばこんなに時間が経っていたのか…。

その19年は、人様のものを作らせて頂ける幸せを

味あわせてもらえた19年間であり、山あり谷ありの

家族の支えなくして成り立たなかった日々の連続であった。

1988年に北米インディアンのカヌー文化を

北米を横断しながら学び日本に持ち帰った若造を、

フリーランス・ライター堀田貴之氏は、帰国後直ぐに

小学館のBE-PALで紹介して下さった。

日本の木製カヌーの歴史を作っていく…、

そんな大義を臆面もなく言ってのける生意気なヤツを、

支えてくれる人がいた、そんな19年間であった。

そんなこんなの今年、

インディアンカヌークラフトは、ブランド名を残し

会社形態にピリオドを打つこととなる。

インディアンカヌークラフトのモノ作りは、

松原のライフワークとして続けられていく。

そして、今年は新生・ アウトライダーの誕生なのである。

アウトライダーは、これからアウトフィッターとして活躍の場を広げていくだろう。

そんな矢先の2月23日、先日取材を受けた雑誌が発売された。

幻冬舎の雑誌 「 ゲーテ 」 4月号  http://www.gentosha.co.jp/goethe/ である。

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フリーランスライター ・ 高橋庄太郎氏と

ネイチャーフォトグラファー ・ 柏倉陽介氏、

編集の塚田優子氏が今回、松原を支えてくれた。

支えがなければ風前の灯火だった19年間を振り返り、

そして今、

家族の支えを失っても、支えてくれる人がいる幸せを噛みしめる。

松原は、橇犬と共に走り続ける男であり、

モノ作りを続ける男である。

そして、それしかできない、不器用な男である。

「 誰かの笑顔のために 」、 その為に出来ることを続けたい。

ワクワクやウキウキを一緒に分け合って、生きてる喜びを感じたい。

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みなさんのおかげです!IN TONASHIBETSU

トナシベツの森に毎日通う。

森の奧に、アウトライダーのベースが着々と出来上がる。

松原の描いた「 絵に描いた餅 」は、

本物の餅となり、みんなの口に運ばれる…。

またまた、

トナシベツの森で、今年も繰り広げられる犬ぞりの世界…。

………、

犬ぞりで訪ねる森の奧。

そこには、とても大きなテントがあって、

中には、遊牧民の知恵が散りばめられた暖かいテントがある。

薪ストーブの上の蒸籠から立ち上る湯気。

おいしい森の御馳走が待っている。

薪で沸かす五右衛門風呂に浸かったり、

ゆっくりとした時間を取り戻す。

犬ぞりがタイムマシーンになって、異次元旅行に連れて行ってくれる…。

そんな 「 絵に描いた餅 」が、いろんなヒトの御陰で、本物になった。

………、

美味しい森の御馳走は、

森のかりうど・勝美さんのおかげ。

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命の尊さをきちんと教えてくれる狩人である。

そして、

今年のツアーで犬ぞり修行をするハンドラーゆうか。

犬ぞりの他に、ゆうかの担当は、パンとデザートなど、オーブン料理。

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今回は、りんごのプリザーブと

お豆腐の入ったバナナケーキ。

佐世保バーガー顔負けの、

エゾシカバーガーなんてのも、登場の予定である。

テント製作には、地元友人、鉄の庵さん。木工屋の松原の強い味方である。

そんなこんなで、

いろんな部分にすべて首を突っ込み、

ワガママを言う総監督の雑用係、松原。

それを支えてくれる、原野行ガイド真下さん。

……、「みなさんのおかげです。」

…上弦のバナナムーンを眺め、

じんわり嬉しさを噛みしめる。

訪れるゲストの笑顔が、夜空の向こうに見える………。

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Life is like a boat .

実は、このブログを始めて1年が経った。

過去を振り返るには丁度いい節目。

そして、そこにあるもの。

そこには、3日に一回のペースで記事が書いてあった。

コメントが500を超えていたり、アクセス数が、25,000を超えていたりした。

改めて、「初心忘るべからず」である。

この言葉を、今回も、そしていくつになっても

心にささやきかけたい。

悪く言ってしまえば、「さらしもの」にしてしまった

いろいろなことは、誰かのなにかの、役に立ったのか?

…もう1年、続けることで、分かることもあるはずだろう。

節目節目で立ち止まり、噛みしめてみたい。

まあ、仕事柄、試行錯誤は、お手の物だから…。

いつも、工房で流れているのはHBCラジオ。

………節目の今日、

少し前にラジオから流れた、心に残る話をしたい。

それは、「 Life is like a boat . 」 。

あるコーナーで取り上げられた人生訓だ。

…人生は、ボートを漕ぐようなものである。

漕ぎ手は、常に後ろを向き、それでもボートは前に進んでゆく。

進むべき路を漕ぎ手が直視出来ないのがボートだ。

それは、「自分が辿った路・過去は、見えるけど、未来は見えない、わからない。」

人生そのものと重なる、ボートの旅と似ている。

見えない未来、それでも、人は漕いでゆく。

ひとりで漕ぐボートに、同乗者がいれば、行く先は見えるだろう。

行く先は、未来。支え合う漕ぎ手には、見える未来がある。

しかし、見える未来のつまらなさ。でも、手に入る安らぎ…。

片や、見えない未来の不安。しかし、だからこそ魅めるもの…。

一人乗りのボートか、二人乗りのボートか。

家族が増えればボートも変わる。

無い物ねだりの松原は、天の邪鬼。

「一人でも前向きに進む」乗り物を作る理由は、

ここらあたりにあるのかもしれない…。(笑)

………、

これまでの1年、本当にありがとうございました。

また、1年、お付き合い頂けるよう、精進致す次第です。

謹んで、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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男女16人と24匹の橇犬と秋物語。

秋のトナシベツが、人の声に溢れ、

秋の味覚と旨い酒に酔いしれた。

遠路、訪ねてくれる友に会えるのは、

単純に嬉しいことなのだと、改めて感じる。

笑顔になる自分が、嬉しい。

そして、笑顔でいてくれる友の顔は、素敵だ。

………秋のトナシベツには、

24頭の犬がいて、松原がいる。

松原が作ったゲルがあって、ティピーもある。

勝美さんの鹿肉があって、秋鮭がある。

語らいが尽きない幸せ。幸せを共有する喜び。

トナシベツはこの週末、人も犬も、心と胃袋が充たされたのである。

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人と人が力を合わせるの図。

トナシベツであまり見かけない風景。

秋風に吹かれ、それぞれの帰路もあるのに、

力を合わせる作業は、みんなをひとつにした。

バイダルカが、スッキリして 「アリガトウ」 って言っている。

今回の16人のメンバーは、

不可能を可能に出来るメンバーである。

多分、確信を持って、参加者は誰もが実感している

と言いきってしまおう。(…笑)

再会を笑顔で約束してくれたみんなと、

次回、何を企むか。

「 笑顔、倍増計画 ・ 誰かの笑顔のために。 」

松原の腕の見せ所は、そんなところにもあるのだ。

そんなことを、再確認させてくれた秋のトナシベツ…、満足満足。

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トナシベツ秋の味覚を味わう会、開催。

秋が深まるトナシベツ。今年は、黄色が、目立つ紅葉である。

実は明日6日から、秋の味覚を味わう会が、執り行われるトナシベツである。

ここ数日、その準備に追われる松原であった…。

遠路九州・福岡からもゲストが訪ねてくださる。

今回のゲストは、知床で共に旅をした仲間が中心の集まり。

道内からも、ウトロ、札幌、などなど

あちらからこちらからと、集まってくれる友、友、友。

なつかしい顔と顔が、トナシベツで再会する。

初対面もあったりして、それはそれでイイもんである。

当然、そり犬達も、テンションが上がる。ワクワクの一大イベントになりそうな予感…。

秋の味覚…、といえば、森のかりうど・勝美さんの登場である。

11月から、解禁される猟期の前、勝美さんは、大忙しなのだ。

猟期が始まれば、内地からハンターが押し寄せてくる。

猟期中は、ハンターの数が増えて、地元ハンターも縄張りを荒らされ、

当然取りづらくなるらしい。

仕留めては解体、を繰り返す毎日が続いている勝美さんに、今回のメインディッシュを

やっぱり、お願いしてある。

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今回も肉を食う醍醐味、骨付き肉、リブロースが、メインだ。

炭焼きだったり、ステーキだったり、

とにかく、森の御馳走、蝦夷鹿肉を堪能するメニュー。

勿論、ジャガ芋やにんじん、タマネギ、カボチャ、

秋の大地の恵みも、たっぷり味わってもらう。

そしてそして、こだわりの宿は、

インディアンのティピーや出来たてホヤホヤのゲルである。

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天気が良ければ、満天の星空に包まれながら、

冷えた旨い空気も胸一杯味わえるはずだ。

秋の味覚は、お腹も心も満たしてくれる。

どんな中身かは、報告をお楽しみに………。

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犬ぞりとバイダルカと、サーフ爺ちゃん。

私が、28年前、単車乗りになる切っ掛け。

それは、片岡義男の小説 「 スローなブギにしてくれ 」 だった。

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彼の小説は、そのどれもが、

16の自分には手の届かない世界を、とてもカッコ良く、感じさせてくれた。

それは、未知の世界だった。

サーフィンだったり…、ジャズだったり…、恋愛だったり…した。

登場する男女の台詞の言い回しに、カッコイイ 、「アメリカン」な感じを、

そして、未だ見ぬ、大人を感じさせてくれたりした。

「暴走族」の烙印を押されても、片岡さんの世界には、憧れ続けたハイティーン時代…。

それは、28年経った今も、どこかで、意識し続けていると感じさせる。

犬ぞりをしても、バイダルカで漕いでも、

片岡義男の世界に、

自分がいるような錯覚を、

感じたがっているように思う時が、フラッシュで現れる。

………、

彼の作品に 「 波乗りの島 」がある。

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厳寒の風の島、アリューシャンで生まれた波が、

巨大なうねりとなって太平洋を渡り、

遙か南のハワイ諸島に、その波は、辿り着く。

その大きな地球のうねりを、ハワイのサーファーは、受け止めるのである。

ロングボードというクラシックなスタイルに、大人を感じさせた。

………、

いつか、

お爺ちゃんになった松原は、

ハワイでサーフィンをしながら、

このサーフしている波が生まれた

アリューシャンをバイダルカで漕いだ話や

アリューシャンから連なる列島の、

遙か西にある北海道という島で、犬ぞりをしていた…、

そんなむかし話をするのだ。

………、

そんな爺さんになるのが、松原なのです。

まぁ、随分と先の話で、恐縮ですが…。(笑)

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不器用な男ですから。

洞爺の鈴木くんのプレゼント、もう一つの絵本。

それは、森のかりうどの話。

シベリアの森で生まれ、鹿と共に、生と死を分かち、生きる男の話。

鹿の死が、そのまま、狩人の生命(いのち)へ受け継がれる。

狩人の妻や子の生命が、狩人の獲物に支えられている。

捧げられた鹿の生命で、他の生命が支えられていると感じること。

その鹿の生命は、また、森のさまざまな生命が支えているということ。

生命とは何か。とてもとても、大事なもの、そう教えてくれる。

綺麗なイラストと、やさしさの溢れたことばの絵本である。

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今、トナシベツの森も、子鹿が母鹿とはね回っている。

夕方、有害の銃声が渓谷に木霊する。

ここの暮らしで、銃声にも慣れた。

厳つい顔のハスキーも、銃声には、特別な反応をする。

………、

狩猟といえば、星野さんを、思い浮かべる。

絵本と違い、

星野さんの写真で、血や肉が艶めく。

ハンターがカリブーの心臓を口にする写真。

肉の一部が、ツグミやカケスに、振る舞われる写真。

ウミアックで仕留めたクジラが、

氷の上で、湯気を上げながら、解体されていく写真。

白い氷が、真っ赤に染まっていく写真。

顎の骨を海に帰し、クジラの再来を願うエスキモーの民の写真。

そんな、見知らぬ世界を、星野さんは見せてくれた。

そして、

「 狩猟の匂いを嗅ぐことが、君の魂にも出来るか 」 尋ねようとしてくれた。

地元のハンターは、猟銃を持つことを私に勧めてくれる。

資料も手に入れ、準備も出来ている。しかし、まだ免許はない。

カヌーやバイダルカ、犬ぞり。

私の作る道具は、どれもこれも、みんなイニシエのハンターの為の道具なのだ。

狩猟の匂いを嗅ぎたければ、さっさと銃を持てばいいのに。

どうして、…こんなに回り道をするのか。

………。

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あらかじめ失われた世代といわれて。

44歳、少し後を振り返る。

今から、19年前。

1988年12月に、初の渡航から戻り、

羅針盤を手に入れた自分は、意気揚々としていた。

それまで、身の程知らずが故、つま先立ちで、

よろよろしながら、眺めているだけの雑誌 「 Switch 」。

その special issue が、 帰国した12月に偶然、店に並ぶ。

タイトルは、「 The New Lost Generation :  あらかじめ失われた世代  」である。

そこには、こう記されていた。

「60年代の闘争に遅れ、80年代のコンピューター時代には早すぎた」、

実に、中途半端な状態に宙吊りの、無個性な世代。

無個性な個性の持ち主は、「声なき世代」とも呼ばれた。

価値やモラルが崩壊し、個人主義が蔓延した中で、

共に自分探しの旅に出る乗組員は見つからない。

真剣に語るべきものを持てず、無目的に生きる自分。

紛れもない自分が、そこに記されていた。

二十歳までの自分は、正にそのものだった。

25歳、手探りで、自らが北米で手に入れた

人生の羅針盤が、

本当に役に立つのかどうか。

しかし、

そんな不安を掻き消す、

旅先で役に立とうとしてくれた

…北米の人々の笑顔、…手のぬくもり。

今の自分を見て、

「順風満帆な人生を送ってこられたのですね。」と、

人から言われることがある。

とんでもない。

……、「半端な宙吊り野郎です。」

………、

バイダルカを作り、アリュートパドルを削る。犬橇を操り、橇犬を育てる。

宙吊り野郎の、悪あがきにならないように、日々精進。

勿論、命ある自分に、感謝。

自分の可能性を、創造性に探して、歩んだ日々も、

そろそろ20年。そして、あてどない旅は続く…。

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8月15日に、思う。

太平洋戦争、終戦記念の今日、思うこと。

………、

先日、阿久悠さんが、他界され、彼の詩をブログに記させて頂いた。

やはり、他界された河島英五さんの「時代遅れ」という唄だ。

曲が出た頃、23歳の自分には、ピンと来なかった詩も、

今となっては、ビンビンきたりする。

戦後の、平和な時代の男のエレジー。

そして、

高度経済成長の真っ只中を青春時代とした

「戦争」とは無縁の自分。

戦争で犠牲となった命のことや、その根底にあった「愛」について、

思いを馳せることは、いささか難しい。

特攻隊員を筆頭に、自ら死の選択を余儀なくされた若人たち。

その全てが、「 愛 」 の力の悲劇である。

愛する者の為になら、その幸せの為になら、全てを投げ出す。

無償の行為を為せるのが、愛の力である。

平和な今の時代は、自分の幸せを最優先することに

慣れてしまった不幸な時代かもしれない。

我が北海道の偉大な歌い手の詩を記させて頂く。

………、

「恋」

愛することに疲れたみたい。嫌いになったわけじゃない。
部屋の灯はつけてゆくわ。カギはいつものゲタ箱の中。
きっと貴方はいつものことと、笑い飛ばすにちがいない。
だけど今度は本気みたい。貴方の顔もちらつかないわ。
  男はいつも待たせるだけで、女はいつも待ちくたびれて。
  それでもいいとなぐさめていた。それでも 恋は恋。

多分貴方はいつもの店で、酒を飲んでくだをまいて。
洗濯物は机の上に、短い手紙そえておくわ。
今度生まれてくるとしたなら、やっぱり女で生れてみたい。
だけど二度とヘマはしない。貴方になんかつまづかないわ。
  男はいつも待たせるだけで、女はいつも待ちくたびれて。
  それでもいいとなぐさめていた。それでも 恋は恋。

  男はいつも待たせるだけで、女はいつも待ちくたびれて。
  それでもいいとなぐさめていた。それでも 恋は恋。

  それでも 恋は恋。

                                                           作  松山千春

自分がたとえ不幸になろうとも、惨めな思いをしようとも、
自分の愛した人が、幸せになってくれれば、
それがもう最高の恋愛のかたち。

「このひとと巡り逢うために、私は生まれてきたんだ。」

「このひとと恋をするために、自分の人生はあったんだ。」

そんな恋愛は、ひとの心を成長させる。

8月15日、「 愛 」 について、考えさせられました。

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- epilogue -

一日二杯の酒を飲み、肴は特にこだわらず。

マイクが来たなら、微笑んでおはこを一つ歌うだけ。

妻には涙を見せないで、子供に愚痴を聞かせずに。

男の嘆きは、ほろ酔いで、酒場の隅に置いて行く。

目立たぬように、はしゃがぬように、

似合わぬ事は無理をせず。

人の心を見詰めつづける、

時代遅れの男になりたい。

……………、

不器用だけれど、しらけずに。

純粋だけど、野暮じゃなく。

上手なお酒を飲みながら、1年一度酔っぱらう。

昔の友には、やさしくて、変わらぬ友と信じ込み、

あれこれ仕事があるくせに、自分のことは後にする。

妬まぬように、焦らぬように、飾った世界に流されず。

好きな誰かを思い続ける、時代遅れの男になりたい。

……………、

目立たぬように、はしゃがぬように、

似合わぬ事は無理をせず。

人の心を見詰めつづける、

時代遅れの男になりたい。

                                                                阿久悠   作

合掌

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somewhere in hokkaido

「知床病」…か。

今年は、どうも去年と違う。

潮の匂い。

海風のまとわりつく感じが、まだ、すこしコイシイ。

だって、まだ7月なのだ。海が呼んでいる。

知床は、遠いので、積丹か。

2ハッチバイダルカの、積丹デビューは、お預けのまま。

そして、今日は7月最後の日曜日。8月は直ぐそこ。

積丹でバイダルカだ。予定をすれば、いい話だ。何が何でも、仕事、片づけてやる!!!

そんなこんなの「知床病」…。

………トナシベツ渓谷を流れる爽やかな谷風。

………森は樹海、牧草畑は草の海。

………光合成溢れる、酸素に満ちた緑の匂い。

知床から帰ってきて、積もり積もった仕事に

追われ続けている、籠もりっぱなしの日々も、

清々しい工房の窓から感じる空気が、私を支えてくれる。

そんな松原に、旭川行きの用事が持ち上がる。

いつものトンボ返りだけれど、シャバの空気が吸える。

息抜きだ。ヤッホー!!!

この季節、富良野地方は、どこもかしこも、紫色である。

癒しの香りが、爽やかな風に乗って、走る車にも、届いてくる。

そしてそして、一寸、寄り道。

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公共のラベンダーは、刈り込まれることなく、咲くに任せて

香りを放ち続ける。立ち眩みがするほど、芳しい。

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旭川までの道程は、あちこちで、

清々しい爽やかな海が広がっていた。

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立て!立つんだ、ジョー!!!

この2週間、ボロボロに疲れたけれど、

11日間におよぶ、カヌー研修も、無事終了し、

木田さんは、栃木県へとカヌーを積んで

帰宅の途についた…。

将来、どんなカヌー教室が展開されるか

楽しみ楽しみ…。

一人、工房に残ったビルダー松原は、

最後の追い込みである。頑張れ!ジョー!!!立つんだ、ジョー!

そしてそして、

4日からの、一大イベント、

第2回知床シーカヤックシンポジウムに松原は参加が決定なのである。

主催の新谷さんから、欠席は許さんぞー、と釘が刺されている。

このシンポジウムは変わっていて、

前半は、新谷さんの知床エクスペディションに参加する。

参加者は、知床半島をシーカヤックで一周しながら、

4泊5日、海岸でキャンプするのである。

毎晩、いろんなテーマで意見交換、激論したり、

飲んだくれたりするわけである。

最終日、パネルディスカッションが行われる。

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写真は、昨年のシンポジウムの一コマ。

私のバイダルカが、据え置かれたりして、

場違いなのに、パネリストにまで駆り出される始末。

今回は、聞き手に回って、しっかり意見を拝聴したい。

………と言うわけで、

留守中、ブログが更新されない事態が発生致します。

元気に帰ってきたら、

世界自然遺産、知床の土産話が満載のブログが

お見せ出来ると思います。

それでは来週まで、SAYONARA!SAYONARA!SAYONARA!

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インディアンカヌークラフトってなんだ!?

今から、18年前の2月20日、

有限会社インディアンカヌークラフトは、生まれた。

代表取締役に松原 秀尚が選出された、と議事録には書かれている。

社員のいない役員だけの会社。というより、社員だけの会社か。

にもかかわらず、志は高い。

26歳の若造は、コーポレートアイデンティティ=C I を意識し、

社名=ブランド名

ロゴマーク=ロゴデザイン

企業スローガン=キャッチコピー

…よくもまあ、そんなモンをちゃんと考えた、のである。

「先人が培った知恵を使い、自然素材でカヌーを作り、

カヌーそのものの魅力、そして、使う魅力を伝える。」

…それがすべてだった。

木のカヌーが、自然の中で、大事なことを語りかけてくれる。

…大事なことは、木のカヌーが教えてくれる…。

25歳で北米をカヌー修行で横断し、

日本の木のカヌーの未来を

自分がすべて背負っている…、

そんな雰囲気が溢れていたように思う。

本当の若気の至りである…。

18年前当時、(今も相変わらずというのが信じられないが)

日本で、「カナディアン」カヌーと呼ばれるカヌーがある。

文字通り、カナダのカヌーである。

しかし、私が工法を学び、使う魅力を感じた

私のカヌーは、アメリカインディアンの流れをくむ

デザインのオープンデッキカヌーなのである。

それも、古い時代の木製のカヌーである。

現代のプラスティックカヌーと一緒にされては叶わない。

方や、ちりばめられた先人の知恵の結晶。

方や、大量生産の使い捨ての石油製品、

後生に残す、引き継ぐべきものを持ちえない魂のない脱け殻。

区別し易くするためにも、別な呼び方が必要だった。

私が伝承されたアメリカインディアンの木のカヌーは

どう転んでも、カナダのカヌーとは、呼べない。

当てはまるのは、「インディアンカヌー」。

アメリカでもカナダでも、古いタイプの木のカヌーを直ぐにイメージしてもらえていた。

そして、自分が身を置く、木工の世界、「工芸=クラフト」。

それは、実用品に芸術的な意匠を施し、

機能性と美術品的な美しさを融合させた手工芸品である。

そして、C I が完成する。

平成元年、「 Indian Canoe Craft 」 は、産声を上げる。

ロゴブックを数冊買い込み、コピーと修正、

切り貼りをくり返して出来た、手作りロゴデザインである。

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コンセプトは、「本物志向」。常に前向きな、「こだわり」。

……26歳の松原は、走り始めた。

……日本で木製カヌーの歴史を作るのだ!という想いを胸に秘めて…。

そして、月日は流れ、

平成19年、夏、いよいよ、

インディアンカヌークラフト・ ウェブサイトが、漸く、窓を開く。

日月社の山本さんが、アウトライダーのサイト同様、デザインを手がけてくれる。

平成元年、木製カヌーを作り始めた松原は、

現在、アリューシャンカヤック・バイダルカを手がけ、犬ぞりを作る。

そして、パドルを削りだし、スノーシューズを作る。

モンゴルのゲルやアメリカインディアンのティピーを自作し、北海道仕様に加工する。

40フィートのバイキング船のレプリカを作ったこともあった。

さらに、アウトライダーとして、自ら、カヌー・カヤックを操り、犬ぞりを駆る。

設立から19年目、

………松原は、

インディアンカヌークラフトの枠を大きくはみ出してきている……。

松原の志向は、

北方圏の先住民の文化を次々再現し、先人の知恵を学ぶこと。

さしあたり、

「  北方先住民文化研究所  」 。

屋号をそろそろ、変えようか……な。(笑)

自らの役目を、しっかり見据え、果たさなければならない。

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Metalworks ! by Indian Canoe Craft .

いよいよ、インディアンカヌークラフト・松原が、

冬眠から目覚める。

冬ごもりしていたので、動きは悪く、

ぼちぼち、と動き始める。全く、羆と同じだ。

既にウッド&キャンバスカヌーの製作は再開されている。

その合間を縫っての、なんと、金属加工である。

いろいろな部品・部材の発注もあり、不足品の確認もあって、

冬の犬ぞりの道具だが、加工をはじめた。

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冬の犬ぞりで使う道具。それを、自作する。

欲しいモノが、売られていない。

売られているモノでは、用をなさない。

材料を探し、それを加工する道具を探し、

加工法を試行錯誤する。

満足なモノにまで、精度・完成度を上げていく。

売られていないモノを欲しがる。必要だから欲しがる。

それがどんなモノかは、自分が一番よくわかっている。

「じゃあ、自分で何とかしなさい。

アンタなら出来るでしょ、プロなんだから。」誰かの声が聞こえる…。

プロフェッショナルは、ツライねぇ……。

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実は今、溶接機を探してもらっている。

そしていずれ、BlackSmithing and  Metalworking  である。

さしあたり、ドラム缶の五右衛門風呂は、売っていない。

森の鍛冶屋か…。

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プロガイド・真下薫之、秋田へ…。

とうとう、この日がやってきた。

真下さんが、北海道を離れる。

2007の犬ぞりキャンプツアーは、どれもこれも、真下さんの御陰で無事終了した。

真下さん無しではあり得ない、キャンプツアーだった。

来期は、今年を叩き台に、バージョンアップが図られる。

どんな風にアレンジするか?腕の見せ所。

「一寸ずつ小出しにして、長く楽しもうか?」

「いやいや、そう長くはないから、パーとやっちゃおうぜ!?」

いろんな手本をさりげなく見せて、見真似させてくれる先輩…。

大事な存在。

夏にアラスカへ行って、11月にまた、トナシベツに帰ってくる。

今年のアラスカでは、何を感じて帰ってくるのか。

再会の冬が、待ち遠しい…。

…「そんじゃ、また。」

そう言い残して、北の森の苗木を満載した軽トラは、

走り去っていった…。

3月31日にツアーが終了して、毎晩飲み会…。

日付が変わるまで、飲んで話した、10日間。

今晩、苫小牧からフェリーで八戸へ…。

やっぱり、

ねぇ、苫小牧発のフェリーですから…、

思わず 「 落陽 」 口ずさんじゃいますよ。

ただ、真下さんの場合、サイコロより酒ですけど……。

Any way ,

Thank you so much , Mr . Masshimo ! 

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ワタリガラスと先住民族とアウトライダー松原の目指すもの。

先日の旭川行きで、帰路の途中、

なんとか大型書店に立ち寄る時間が取れ、

数冊の書籍が手に入った。

その中のある雑誌に、有名な写真家の特集が組まれていた。

その特集には、アラスカ先住民族クリンギットの語り部が登場する。

日本で当たり前に見るカラス。厄介者のカラス。

ハシブトだったり、ハシボソだったりするあのカラスは、英語でCROW。

英語でRAVEN、という渡り鳥のカラスを見たことがありますか?

日本では、ここ北海道だけで見られるものです。日本名「ワタリガラス」。

……アイヌという先住民族がいる北海道だからなのでしょうか。

とても不思議な感じがします。

その語り部は、ワタリガラスの神話を語るのです。

そして、彼の部族に伝わる伝説を語る。

「……クリンギット族に伝わる伝説に姉妹の物語という話があります。昔、カヌーに乗った姉妹が海からやってきた。姉はカナダに下ってハイダ族となり、妹はアラスカでクリンギット族になったというものです。しかし、彼女たちはどこからやってきたのでしょう。ひょっとしたら彼女たちは日本からカヌーに乗って、私たちの住む地へとたどり着いたのではないか。私たちと日本人、日本とアラスカというのは、元はひとつにつながっていたのかも知れません……」

私は、日本とアラスカ、その間にあるアリューシャンに興味がある。

そこには、アリュート族がいるのである。

彼らアリュート族が、どう関わっていたのか知りたい。

3ハッチのアリューシャンカヤックが、何かヒントを、くれるような気がする。

犬ぞりの季節が終わりを告げると、

カヤックビルダー松原が、登場する。

へんし~ん、である。

結局休む暇は、ない、のです。

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3月24日。トナシベツの朝。日常の中の非日常。

Wonderful day ! How amazing !

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日本各地から、桜の便りが届くというのに…、

ここは、トナシベツ。

誰かの非日常、そして、日常。

…胸一杯、吸い込みたくなる空気。

そんな空気が、溢れるところ。

…ここは、トナシベツ。

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冬は毎年来るけれど、一度しかない、今年の冬。

金山、トナシベツのある日の日常。

…親友と過ごす時間。

兄貴のような若い先生と

体でぶつかり合う

…対話のような時間。

春から移動になってしまう若い先生二人と共に過ごした

トナシベツの森の時間。

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金山小学校は、イイ学校だ。

君たちをみていると、本当にそう思う。

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君たちを取り巻く、

そのすべてが、

愛おしい。

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30メートルはある、急な崖。

その崖を見下ろし

「イイねぇ…。」といって

滑り落ちていく君を、

えぞ鹿の群れを見ながら

「あいつが一番、旨そうだ。」と

見分けられる君を、

…親父は、誇りに、うれしく思う。

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金山小学校とトナシベツ森の学校。

どちらも君にとって

大事な、大事な日常だ。

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我がよき友よ。その二。

連日まだまだ、寒い日が続き、犬達は、お陰様で、雪の上を走っております。

そんな日常ですが、

だんだんと、雑用も増えて参りました。実は、久しぶりにPCの前におります…。

昨日は、旭川へ……。勿論、車で、です。この報告は、後日……。

それでそれで、

…つづきです。

モノを友などと、言ってしまう感覚は、いつからか…思い出してみたかったのでした。

…そんなデコレイティブな自転車も、中学に入ると、ガキっぽくて、どうしようもなくなる…。

殆どの部品が取り外され、ネイキッドとなり、

カリフォルニアの風を感じる、チョッパーな自転車へと、カスタム化が始まる…。

「平凡」「明星」などを、読んでいたのが、「ポパイ」「ブルータス」などを、

背伸びをして読み出す自分が、うれしかった。

勿論、

「平凡パンチ」は、欠かせなかった…。

自転車は、そのまま、原動機付きになり、

オートバイへとバトンを渡してゆく。

自転車で身につけた技は、そのまま、オートバイでも役立ち、

上野に通っては、アルバイトで稼いだ金を注ぎ込み、

オリジナルバイクへと生まれ変わらせる。

そんなことに明け暮れていた、日々…。

自分でいじったところがないと、恥ずかしい、そんな時代。

メーカーオリジナルに乗る、カッコ悪さ。

「やっぱ、Bike だぜ!」

自転車に比べ圧倒的に増えた、移動距離。

自転車じゃ、こうはいかない。

でもそれが自分の勘違いと気付くまで、

実はしばらく掛かってしまった。

北海道一周。日本一周。

そんなことをして、やっと気付く、お馬鹿さん…。

移動手段として考えれば、只、らくして、速く着いただけじゃん。

自転車に出来ないことはないんだよ。

実際、一周してるとき、「うさぎとかめ」、やってたんだし。

馬の一馬力の実力を知りもしないで、40馬力、50馬力の単車を転がす。

なんか、ちょっと、俺的に、カッコわりーなぁ…。

そしてそして、

人力にシフトしてゆく…。

仕事で出逢った、カヌー・カヤック。

そのシンプルな作りの中に秘められた

先人の知恵。

乗りものと人が一体になる快感は、カ ! イ ! カ ! ン ! …である。

シンプルな作りにもかかわらず、道具としてのパフォーマンスの凄さ。

その虜になり、

今の自分がある。

「犬ぞり」は、

その快感に、犬が加わる。

犬、橇、人。これがひとつになって、白銀の世界を、疾走するのである。

こっちが思っているのは当然ですが、

犬達に、

「我がよき友よ」と思ってもらえているか?

…気になるところ…である。

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我がよき友よ、その一。

「我がよき友よ」。

かまやつさんを思い浮かべるひとは、いかばかりか…。

僕が、はじめて、モノを友と意識したのは…、

自転車だったと思う。

…小学1年の時、友達に、正直に言えなかった。

「自転車、買うてもろてん。お前乗れるンか?」

乗ったこともないのに、

「当たり前やんけ。貸してみぃ。」

あ~、言うてもうた。どないしょ…。

でも、まさか、

乗れてしまうのだった。奇跡である。

早速、親に交渉。しかし、子供用自転車など、買う余裕無し。

「お母ちゃんと一緒に乗るンやったら、ええわ。」

それで、家に届いた自転車は、大人用のママチャリ。

買う余裕無しなのに、ブリジストンの高級品。

親父の金銭感覚は、小一の自分には理解出来なかった。

チビだった僕は、サドルを外してフレームに座布団を巻き、ずーと、立ち乗りするしかなかった。

小学4年まで、兼用の時代がつづく…。

そして、

初めて自分の自転車を買ってもらえたのは、5年生。

親父から、

「自転車、買うたるわ。どれがええんや。」

勿論、ブリジストンである。

当時、多分最初で最後だったと思うが、

自転車に、ウインカーが付いていた。トラック野郎のデコレーションが

流行っていた時代だったような気がする。

スピードメーターをつけ、左右に、バックミラーが付いて、

やたら、ゴチャゴチャしていたように思う。

変速機も、くるまのようなしっかりした作り。

どこまでも、行ける気がした。自転車に話しかけ、愛しいと思ってしまった。

モノをそんな風に思った、初めての出来事だった。

…つづく。

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今宵、バーボンを片手に…。

午前1時半に帰宅すると、テーブルの上には

綺麗にラッピングされた包みと

一枚のCD。

包みをほどくと、最新のGOLDWIN のアンダーウエア。

速乾性のイイ、優れもの。

patagonia の シルクウエイトに穴が空いていたのを見られていたのか…。

もう一つは…、CD。

CDは、コンピレーションアルバムだった。

テーマは、「 Midnight  ] 。それも、「Round Midnight 」。

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ビル・ウィザースの「ユーズ・ミー」に始まり、

ジェヴェッタ・スティール「コーリング・ユー」、

サリナ・ジョーンズ、シャーデー、ボズ・スキャッグス、etc…。

中でも、デズリーの「Killing me softly with his song 」 は、沁みる。

……歌で虜に出来るなんて、そんな奴が羨ましい。

酉は、勿論、マイルス・デイビス。「Round Midnight 」。

……ジャックダニエルの封をまた切ろう。

……素敵なバースデープレゼント、Thank you so much !

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森の狩人からの突然の、ヨビダシ。

携帯が鳴る…。森の狩人、カツミさんからだ。

「忙しいかい?」

「なんかありました?」

「ちょっとこれんべか?」

「了解です!鹿ですか?」

「いや~、いそがしくてさ。半身だけあるんだ。いらんべか?」

「すぐ行きます!」

約25キロぐらいを飛んで駆けつける。

「雄さ。油(脂肪)使い果たしてるし、堅いぞ。自分で試して、だめなら、犬にやってくれ。」

…ドッグサーモンでもあるまいし、そんなわけにはいかない。

脇にあった、半身には、あばらに、銃痕…。

「あれ?」

「これ、カツミさんのですか?」

「いや、じつは違うんだわ。」

「…、血抜きもちゃんとしてるし、とりあえず、モッタイナイからさ。」

「ほんと、だめなら、犬にやってくれ。」

そうして、うちに、雄鹿の半身、27kgが、大きく4等分されて、やってきた。

そり犬達は、驚喜乱舞で、舞い踊っている。

彼らの嗅覚には、恐れ入る。

ボスとしては、みんなに配分したいところだが、難しいところ。

人間のからだ、となるか、犬達のからだ、となるか…。

とりあえず、ボスのお毒味、結果待ちである。

あ~、又赤ワインの栓を抜かなくてはならない……。これもボスの仕事だ……。

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「犬ぞり」。その魅了するチカラ。

3日間のピクニック、キャンプのこぼれ話、…です。

東京からいらっしゃったNさんは、お友達と2人で、8日間、リゾートに滞在されました。昨年参加して、忘れ得ぬ想い出となったと表現してくださった「犬ぞり」を、どうしてもやりたいと、出発前から、何度かメールのやり取りを致しました。雪不足もあり、不安な日々でしたが何とか実現できました。

時間・費用。本当に大変な労力をお掛けして辿り着かなければならないようなところで、私は、生活し、仕事をしております。ただ、そこでは、誰に迷惑をかけるわけでもなく、自宅前から犬ぞりが走り出すことができてしまう、環境なのです。日本で中々、そんな場所を探すのは、難しいと、本当に思います。

その環境で、アウトライダーの犬ぞりツアーは開催されます。

ここで、育まれた彼らのすべてを、そのまま、見て頂くことで、参加者の日常とのギャップを感じて頂くのが、少し狙いであったりします。

ここで、ご用意させて頂くものは、そのほとんどが、いくらお金を出しても、都会では手に入らないものばかりです。そこが、またポイントだと感じています。

大阪からキャンプツアーに来て頂いたNさん親子も、昨年参加して下さった方で、マッハの成長を我が子の成長と重ねて、みて感じて頂けました。

南千歳で、お子さんのおやつを買うのに、列車に乗り遅れ、タクシーで、何万円もかけて、時間通りに辿り着こうとして下さいました。

「犬達を待たせちゃワルイ。」 その気持ちが、…うれしい。

Nさんは、男のロマンを感じさせる生き方をしている、

と私にもお世辞を言って下さいました。

…他に例えようのない世界。

…それが、「犬ぞり」です。

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「十梨別」、この場所が授けてくれるチカラ。

_158 今朝の冷え込みは、穏やかで、マイナス7℃ほどでした。

ここに暮らすようになって、日常で人にあまり出会えなくなって、気づく事がたくさんあります。

もちろん、写真を撮った場所は、歩いてお散歩の距離です。誰にも会うことはありません。

唯一、出逢えたのは、エゾリス。

冬眠をするエゾシマリスと違い、厳冬期に繁殖もしなければならず、冬の間中、ちょこまかと雪の上、樹上と飛び回っています。

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目と目が合い、沈黙の中、過ぎていく時間。

そして、冷えたうまい空気を、胸一杯吸い込む。

深呼吸する気持ちよさ。空気がうまい。

人間には会えないが、それ以外の生きもの、その存在を、ビンビン感じる。

夕張岳が、朝日を浴びる。

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今日は、ベースキャンプの設営です。

ファイトー!!!イッパーツ!!!って感じです。

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ハードかソフトか選択の余地は…。

弱音を吐いている場合ではないのですが、雑用に追いまくられ、フラフラになっております。(今日は、内容もフラフラの書き込みです。)

それなのに、明日は、PTAの歓迎会に出席です。新しい先生が赴任されました。カラオケ待ってますよ~、と呼出も掛かります。少数精鋭の過疎地域では会合でも何でも、欠席は許されません。ですが、少数精鋭で事業をやっている人間には、辛いものがあります…。

カラオケで何を歌うか…。ちなみに、我が家では…、

長男は、小6で、ブルーハーツ。次男は小4で、Mr.BIG。

相棒は、ビートルズか荒井由美。

私は、…。

テレビを見ない私の情報ソースは、ラジオ。それもAMです。宗教の尊いお話しから、人生相談、DJトーク、最新ミュージックシーン…。何でも来いが、気楽です。

先日カラオケで歌ったのは、KANと言う歌手の「愛は勝つ」でした。

KANと言う人は見たことがありません。どんな方かわかりませんが、ラジオで聞いたことがあるので、選曲してしまった次第です。

歌詞はこんな感じです。

心配ないからね 君の想いが誰かに届く  明日がきっとある

どんなに困難でくじけそうでも 信じることを決して辞めないで

傷つけ傷ついて 愛する切なさに少し疲れても  もう一度夢見よう

愛される喜びを知っているのなら…

夜空に流星を見つけるたびに  願いを託し  僕等はやってきた

どんなに困難でくじけそうでも 信じることさ   必ず最後に愛は勝つ

求めて奪われて  与えて裏切られ 愛は育つもの

遠ければ遠いほど 勝ち取る喜びは きっと大きいだろう

心配ないからね  君の勇気が 誰かに届く明日がきっとある

どんなに困難でくじけそうでも  信じることさ  必ず最後に愛は勝つ

信じることさ  必ず最後に愛は勝つ…

…だったと思います。歌いながらキーを叩いてみました。

明日は、何を歌うのでしょう…。

…ごめんなさい。

フラフラで頭が回っていないようです。

タイトルと全然関係ない話…。

実は、昨日、コンタクトレンズ、買ってきました。初心者は、選択の余地なしですね。

マツバラの頬は、2度の凍傷で、ヤバイ状態です。メガネをして犬ぞりが出来なくなりました。

今季、素顔のマツバラに会えますよ~。(フラフラで、ごめんなさい)

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