「勉強。」
それも誰かに教えを乞う。
歳をとればとるほど、改まってその行為を行おうとすると
妙に肩に力が入るものである。
松原の木工技術は、長野県の上松技術専門校・木工科での
家具作りの基礎学習が一番下の大事な土台となっている。
それはもう、23年前の話。
その後、ヨロヨロとした独学での経験の積み重ねが続いている。
これまでの23年の間の僅か1ヶ月半、
アメリカ・メイン州のカヌービルダーとの生活が
「師」と呼べる人との出会いであり、それは私のカヌー製作の土台となっている。
その後、アメリカ・アラスカ州で犬ぞり製作の教えを乞う、
瞬く間の3週間の旅があった。その経験が勿論、橇作りに活かされている。
松原のバイダルカ製作の技術は、
それらの土台の上に積み上げてきたものを頼りに
北米や北欧の博物館の所蔵品や古い文献や書籍からの知識をもとにして
試行錯誤を繰り返し、身につけたものである。
松原のバイダルカは、完全な独学による作業の積み重ねを続けている。
物を作るというのは、分かり易い世界だ。
出来上がった物がすべてを語る。
結果がすべて。結果オーライの世界である。
道具を作ったら、使えなければ存在する理由はない。
だからダメなものは消え去り、使えるものは残ってゆく。
インディアンカヌークラフトは、木の道具にこだわって
それも旅する移動手段にこだわって作り続けてきた。
尤も、それは、
使えるはずだと信じ続けて諦めなかっただけなのだが。
頑固に、そして、支えられ、ここまで来れた。
そんな松原も、18年ぐらい前、映画の撮影で使用する目的で
バイダルカ風カヤックを作ったことがある。
撮影の小道具として機能するシーカヤック。
アザラシだったり、予算の関係で子牛だったりする
綺麗に鞣された「毛皮」が材料として用意された。
納期の関係から、革の縫製は馬具職人さんとの共同作業となった。
その時の経験が今の私のキャンバス張り・手縫いの土台となっている。
蝋引きされた麻糸を使い、綿帆布を皺が寄らないようにバイアスに引きながら
縫い込んでゆく。馬具屋さんが革を縫う作業をするところから見習ったことは多い。
その折にも、本物のバイダルカの話は勿論話題になった。
「どんな風に鞣した革を使うんだべか。」
しかし、その時の松原は、残念ながら、革との経験があまりに稀薄で
博物館でカチカチに皮が乾燥した皮張りのカヤックしかイメージ出来なかった…。
撮影が無事終了すれば、小道具の役目は終わる。
勉強になったが、「革」とは少し苦い想い出…のもの作りだった。
松原は、冬期間、犬ぞりツアーでの食材として勝美さんの蝦夷鹿を頂く。
その蝦夷鹿の鹿皮が、トド皮鞣しの実験・練習用に手渡されたは去年のこと。
今漸く、鞣しの世界の扉が開く…。
作業の流れはこんな風だ。
…………、
皮を剥がし、余分な脂肪・肉片を削り取り、塩蔵する。皮からは水分が奪われ
腐敗しにくい状態となってゆく。塩蔵された皮は、次に石灰溶液の中にしばらく漬け込まれ
強アルカリにより毛根が分解され、密集した毛はあっけなく、むしり取られる。
そして水洗いされた皮は発酵ペーストに漬け込まれ、
さらにコラーゲン以外の物質が分解されてゆく。
最後にクエン酸の溶液につけ込まれ組織は中和され、鞣しの下準備が終わる…。
下処理された皮は、タンニン液に漬け込まれ、燻煙、乾燥を経て、
鞣しが終わり、皮が革になる……のであり、長い道程なのである。
トド皮をバイダルカに被せる作業は、上記の革なめし作業とは異なるが、
鹿肉を堪能、味わわせてもらった身として、勝美さんの仕留めた
蝦夷鹿の鹿皮の処遇は、気になるところである。
鹿撃ち勝美さんは、羅臼のトド撃ち須藤さんと同じで、獲物への敬意を忘れない。
無駄に命を奪ったわけではない。
だから、勝美さんも須藤さんも、少しでも命に感謝する機会が増えるのなら
可能な限り協力を惜しまないと、ハンターとしての誇りを持って
生皮の提供を約束してくれる。
幾つになろうが、知らないことはまだまだ、ゾロゾロ出てくるものだ。
解体が行われる処理場でみたビニール袋の丸められた鹿皮に
目も呉れなかった自分が情け無いのだが、
鹿革は、牛革なんかより人との相性や使い勝手を考えれば
もっと身近にあるべき素材なのだそうだ。
だから、やっぱり 「 勉強 」なのである。
勿論トナシベツだから、「通信教育」。
「 レザーウェアズ・ビルダー 」。
プロが手をかければ、鹿革はこうなる。
松原は、これから革加工のイロハを1年かけて学ぶ。
自分のことであるにもかかわらず、
積み上げてゆく経験は、こんな世界にも及んでゆくのか…、と感慨にふけったりする。
鹿革が機能的な素材として存在し続けた、
その素晴らしい歴史を知ってしまった松原。
肉だけ食って皮は知らない、
ではもう済まされない松原。
……松原の役目が又ひとつ増えてしまった。
しかしそれは、皮張りのバイダルカをつくる
カヤックビルダー松原が避けて通れない道。
革加工の知識、経験、技は欠かせない。
……漸く毛が抜け始め、真皮が現れたトド皮が
松原を待っている。
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