旅路の果てに。

  2009年9月16日から始まった旅は、

                寄り道を含めて、およそ10日間。

                             北海道の最果てを、バイダルカで訪ねる旅。

     その旅は、

             利尻・礼文そして知床を巡る、男旅だった。

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             昨日、それら旅の朋友と再会を約束し、

                                          ………… 別れを告げた。

             旅の終わりはいつも、愁い、

                                         切なさが口笛を誘う。

             最果ての旅は、

                           旅慣れた男達に、

                                      幾つかの浪漫の欠片を拾わせてくれ、

                                              航海型バイダルカは、その性能の片鱗を、

                                                        今回の旅でさり気なく、見せつけてくれた。

        木で作られた道具は、世話の焼ける道具である。

                バイダルカやアリュートパドルという、手の掛かる道具を、

                                            創意工夫して使おうとしてくれる友人たち。

             時に、馬鹿な男の戯れ事にも、

                          付き合ってくれるお馬鹿さんたちは、

                                      ふざけるのもいい加減にしろ!と怒鳴られて、

                                                                 舌をぺろっと出す懲りない面々…。

            『 旅の記録は、朋友のブログにて。 http://bowz-voice05.blog.so-net.ne.jp/

       

                                         何れ来るであろう、

                                                      次の旅路には、

                                                              ロシア語が欠かせない…。笑

                                                勿論、

                                                       3ハッチバイダルカは、

                                                                もう1艇必要になる…筈。

                                                           懲りない面々が、6人もいるのか……笑。

                                                 

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古に思いを馳せ、そして海の途上。

ご無沙汰続きで、

     相変わらずの恐縮至極でした。

実は、3ハッチ&2ハッチ・バイダルカで、

     利尻島、礼文島へと、

            島渡りしておりました。

…………古の海の民、

                その足跡を辿るのにバイダルカは欠かせない。

      4人の男が名乗りを上げてくれ、

           松原は、本島・抜海から利尻、

                   さらに利尻から礼文へと無事?!

                                                   ……辿り着けた。

               次は、知床が待っている。

           http://www.shiretokoclub.jp/shinpojiumu09.html

                     9月末まで、

                               さらに、

                                    旅は、つづく…。

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『 旅の記録は、朋友のブログにて。 http://bowz-voice05.blog.so-net.ne.jp/

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浪漫の欠片を乗せて、いざ北の海へ。

8月が終わる。

………ご無沙汰で、

              …恐縮でした。

なにかひとつでも書き記すことが出来れば…。笑

  今年の夏は、例年にない!忙しい夏で、

  パソコンの前に座ることさえ、僅かだった…。

      相変わらずの松原は、

      久しぶりのバイダルカ製作に、

      ドップリとはまり込んでしまった…そんな夏だった。

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博物館に所蔵されるオリジナルの舟よりも、

大型化された松原バイダルカは、

全長9メートル…。

3人の漕ぎ手により海を奔る、

航海型バイダルカである。

工房のドアが閉まらない…。笑

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2週間後には、海の上に浮かぶ、

その3ハッチバイダルカ。

           …………浪漫の欠片を胸に仕舞う男達の、

                                 …………夢と希望を乗せて、

                                                  ……北の海を奔る。

                           また、バカなことを……。

                                          いつまで経っても、

                                                   どこまでも、こどもで、

                                                                   そして…………ご免なさい。scissors

   『 旅の記録は、朋友のブログにて。 http://bowz-voice05.blog.so-net.ne.jp/

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「憧れ」のその先にある世界。

6月8日、…携帯電話が鳴る。

成田国際空港にいるはずの新谷さんからの着信。

アリューシャン遠征へと旅立つその間際に、

……「 今、みんなが、揃いました。先ずはビールで祝盃です。」(シブイ声)

……「 夕方の便です。 行ってきます。」(シブイ声×2)

…………。

わざわざ声を聞かせてくれた新谷隊長…。

他の4人の隊員も元気な声を聞かせてくれて、

見送りのKちゃんまで嬉しそうにその場の空気を伝えてくれた。

弾むような声から感じさせる、

これから始まるであろう、

「冒険の匂い」のする世界への、

期待と不安が入り交じった微妙な感じ…。

羨ましい限り…である。

予定通りなら、今頃は、グラマングース飛行艇で、

ダッチハーバーからアクタン島へと向かう頃か…。

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手探りでバイダルカを形にして、20年。

アリュートパドルなどと、臆面もなく名乗り、

形にし続けた20年。

今漸く、遠征隊諸兄の好意により、アリューシャンの海を往く我がパドル。

二十歳の頃の自分では想像も出来なかったことが、

今、目の前に広がる…。

自分が作ったものが、自分ではない、誰かの役に立つ。

それが、「 遠征 」などという生死に関わる行為に使われる。

本当にいいのか…。自問自答はつづく。

「 次は、一緒に行こう。」

そう、新谷さんは声を掛けてくれる。

アリューシャンから連なる、その列島の遙か西に浮かぶ北海道という島から、

アリュート民族の叡智の結晶というべきバイダルカを再現する役目を携えて。

そして、その素晴らしさを実証し、更に昇華させるべく、

…使い続ける為に…。

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憧れ続けた20年。

更にその先につづく、終わりなき…憧れ。

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アリューシャン遠征、そして浪漫の欠片を探しに。

いよいよ6月8日から27日にかけて、

ニセコの新谷さん( http://shiretokoexp.sports.coocan.jp/ )が隊長となり、

「 アリューシャンエクスペディション2009遠征隊 」 が編成される。

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遠征隊は、現在はアメリカ ・ アラスカ州に属す、

カヤックの故郷、アリューシャン列島・アクン島へ向かう。

知床の海を漕いだカヤッカーなら、いつかは漕ぎたいと憧れた、アリューシャン。

その中でも、最もアリュートの狩猟文化が栄えたアクタン島から、

カヤックは漕ぎ出され、周囲約100㎞のアクン島を一周する計画である。

潮流が非常に早い海峡を越えなければならないシーカヤック行となる。

メンバーは先鋭パドラー5名。

辺境スペシャリストの新谷さんと新井場さんがエスコート役。

そして友人3名がアリューシャンデビューする。

今回、光栄なことに我がアリュートパドルが、

遠征隊のパドルとして選ばれた。

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2年前、南米パタゴニア遠征の折、

新井場さんが使ってくれた2分割できるアリュートパドルである。

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  金物を使わず、異質なもの出来るだけ除く。

  木と紐だけで、1本ものと差異無く使えるパドル。

          アリュートの叡智と日本の匠の技の融合が適うか。

               松原のパドルにアリュートの名を語る資格があるか。

                          その真の力を、5人のカヤッカーが問うてくれる。

              ベーリング海と北太平洋に挟まれた複雑な海流こそ、

                       アリュートパドルの真価が問われる場所に相応しい………。

                   ………無事帰還されることを、

                                        遙か遠く、トナシベツの森から祈らせて頂く。

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春だから…羆現る!from ニセコ 。

犬ぞりのベースキャンプ・ワイルドヘヴンの撤収作業を終えて、

春は一気に、トナシベツに訪れる…。

勿論、山親爺もお目覚め……である。

マッシャーとして、

松原が冬期間に山に閉じこもっているのと同じく、

ニセコの羆・カヤッカーの大先輩・新谷さんは、

ニセコの山から、冬は離れられない。

日々雪崩情報を発信し続けている為である。

そんな新谷さんが春の訪れで…、

ニセコの山から、旭岳経由でトナシベツへ…。

トナシベツのヒグマと同じく、

ニセコの羆!始動!……である。

電話で話したっきりで、1年以上会っていなかった…。

昨年、大怪我で大変な時間を戦った…。

新谷さんは…、

不死鳥となって…、

またレジェンドとしての階段をひとつ上がる…。

新谷さんが主催する2009エクスペディションは、

奇跡的な怪我からの回復により、

今年、無事開催される運びとなった。

http://shiretokoexp.sports.coocan.jp/

いよいよ、開催は100回を超え…。

加えて6月に、

アリューシャン列島・アクン島遠征までも、

計画している…。

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TURKEY のグラスを傾けながら、

新谷さんは、熱く…、

アリュートパドル、バイダルカのこと…。

そして、

クリル人、アイヌ人の足跡、歴史…。

その歴史に関わったシャモの末裔として、

アイヌモシリに暮らす、己の責務について…語ってくれた。

そんな新谷さんが、

松原のパドルを携えて、

アリューシャンの海へ…。

指をくわえる松原は、

遅い夏の北海道でのバイダルカでのタクラミの為、

バイダルカ製作・準備に……明け暮れなければ・な・ら・な・い。

作り手の本分と使い手の本分の為……か。

舞台は、

ベーリング海、

アリューシャン列島・アクン島。

いよいよ…である。

松原バイダルカ、いつかはアリューシャン……なのだから。

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Stranger in Yokohama .

犬ぞり使いの季節が始まり、

その準備に追われ、

慌ただしい日々を送っていた……ハズ。

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後ろ髪を引かれながら、橇犬たちを残し、

一路、ビッグシティ 横浜へ…。

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高層ホテル21階から眺める景色は、

トナシベツでは見ることの出来ぬ不思議に充ち溢れる。

そして、

今回のミッションの為、横浜の百貨店へ……。

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年末の歳暮を買い求めに、1日に20万人が訪れ、

そのコーナーだけで1日に1億を売り上げる老舗百貨店。

その一角に我がバイダルカは、

値札を付けられ、ひっそりと佇んだ。

松原は、橇犬たちを放置したバツとして、

1日あたり11時間…バイダルカの脇に立ち、

あっと言う間に7日間の遠征は幕を閉じた。

何の予告もせず…、そして突然の訪問にもかかわらず、

多くの友が駆けつけてくれた。

毎夜の友との酒宴に微睡んだ、犬ぞり使い松原。

今回の遠征は、自然に暮らす松原にとって、

ナチュラルに生きることの意味を再考させ、

トナシベツの存在そのものや、

そこで過ごす時間の価値を改めて気づかせてくれた。

いよいよ明日、

今シーズン1回目のキャンプツアーが開催される。

トナシベツの森に、そして渓谷に、

橇犬の雄叫びと犬ぞり使いのコマンドが、木霊する。

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第3回知床シーカヤックシンポジウムへ、バイダルカ一人旅。

9月24日、夕張岳が雪化粧した。

暖かい秋も秋分の日を境に、いつもの秋模様となる…か。

良くないと言われた今年の紅葉もこれで少し盛り返しそうだ。

秋の気配を探しに訪れた十勝岳も、

山頂からは雪の気配を感じるほどの冷気が漂い、

凌雲閣の露天風呂からの眺望、その色合いも映えている感じがした。

そして、

そんな冬の気配さえ感じさせる今日から、

恒例のイベントが開催される。

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松原は、諸事情により、今回、

シンポジウムにお邪魔出来ない。

そんな松原の身代わりに、今日、バイダルカが知床へ向かった。

    …「知床の海とバイダルカ。」

             もの言えぬバイダルカが知床で何を語ってくれるか。

             期待で胸が膨らむ。

             古の北海を往く先住の民の足跡。

             その手がかりを、バイダルカは知っている。

             …………。

             耳を澄まし、そのささやき、

             声なき声を聞こうとしてくれるカヤッカーが

             一人でも多く生まれることを期待する。

             もしもバイダルカが、シーカヤッカーの道標となれば、

             それは松原にとって、有り難き幸せである。

            

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彼女と彼とバイダルカ。

南の島に住む彼女は、

コンクリートの中で最先端のデスクワークをする。

キャリアを持つ大人の彼女は、

心が疲れても、それを癒す術は心得ていた。

そして彼女の場合、

自分の体のことも、とても大事にして、

そして大事にすることで体を悪くしてしまう、

そんなタイプでもあった。

だけど神様は、そんな彼女をほおっておかないで、

ちゃんとチャンスを与えてくれる。

      「部屋から出て、気持ちのイイ空気を吸うのに、

                       ………… カヤックで海に出てごらんなさい。」

そう囁く声が心に届く。

そして、彼女は、南の島をカヤックで旅する決意をする。

幸いに、手漕ぎのカヤックは健康だからこそ味わえる、

生きる喜びを彼女にプレゼントしてくれる。

旅をかさねるにつれ、傷ついた体は、心の健康と共に確実に癒されていった。

そしてある日、北の海が呼んでいると彼女は心で感じ、

とうとう、北の海の旅を決意する。

そして、彼女の心の旅が始まる。

北の海が呼んでいる。その声が彼女には聞こえるらしい。

カヤックは、彼女の五感を目覚めさせた。

女性ならではの血にまつわる思い。

命を育む使命を帯びた血のつながり。そのルーツ。

自分はどこから来たのか。

それを知ることは、これからの自らが進む道に繋がるのか。

人生の転機とも言えるカヤックとの出会い。

そのルーツを辿ることで見えてくる世界、

その舞台となる北の海に彼女の興味は涌き、

北の海と、古の北の民の声が彼女を招くのかも知れない。

そんな彼女は、必然のようにバイダルカに出逢ってしまう。

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北の島に暮らす彼は、

南の島に住むかの如く陽に焼け、

来る日も来る日も、生業としてカヌーを漕ぎ続ける。

彼の場合、自分の喜びは、誰かの笑顔のために時に後回しにされる。

それでも、彼は誰かの笑顔のために頑張る、

正しく頑張るために頑張る、そんなタイプだった。

他人が敷いたレールに乗って生きる道からはずれ、

自らレールを敷く生き方は、若い彼にとって刺激に溢れていた。

しかし、誰に言われるでもなく自ら志向し、

自らを自らが育む。そんなリアルな世界を垣間見るチャンスが増えると、

今まで見えなかった、そして気付けなかった疑問や問題の存在に、

悩み苦しみ始め、彼は時にひとり立ち尽くした。

ある時は、自分の体の一部となるパドルが壊れ始めて、

手をこまねいて、為す術を知らない自分に腹が立つ…。

ある時は、自分の意のままに役に立つパドルとは、どんなパドルなのか。

市販品のカタログを幾ら眺めても、使いたいパドルが見つからない、

遣り場のない諦め…。

自ら世界を切り開く魅力は、時に、手に負えない難題を突きつける。

そんな彼の前に、当然の如く、バイダルカは現れた。

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そんな彼女と、

そんな彼が、

一緒にバイダルカを漕ぐ。

二人のシングルパドルは、漕ぎ続ける彼女と彼の一部となり、

二人もバイダルカとひとつになっていった。

秋雨の中、凪いだ湖面をバイダルカは駆けるように漕ぎ進む。

  …… 「 言葉で伝えられない、感じることでしか伝えられないもの。

                                     パドルとバイダルカに、それは託されている。 」……

…とても大事なのに見えないもの。

漕ぐことで研ぎ澄まされる五感は、

彼女と彼に、しっかりとそれを掴みとらせる。

それぞれの大事なものはそれぞれに伝わる。

漕ぎ続けた二人は、囁く。

……「 たぶん大事だから、見えないんだ。」

……「大事なものって、案外見えない方がイイかもね。」

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それぞれに手にした大事なものを胸に仕舞い、

彼女と彼の笑顔は、夕立が去った湖面に、

夕日と一緒に、キラキラと映る。

      「次は、海だね。」

      「 …遠い海原が、待ってるって。

                     バイダルカが……そう言ってる。」

…………夏の終わりの物語。

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そして、パドルは木で作られる。

実は今年、インディアンカヌークラフトの工房は、

一人乗りのバイダルカのスキンを張り替えるのみで、

( 注 ・ トド皮のヤツです。現在、作業は中断中!)

まだ、ひとつも新艇を製作していない。

それでは、何を作っているのかといえば、

…………「 パドル 」 である。

言わずと知れた、そう、「 木 」 のパドルである。

海で使うものや、湖や川のものだったり、

それは様々な、日本で言う「 櫂 」 である。

来る日も来る日も、カミキリムシの如く、

今年の松原は木食いムシとなり、

何百年も生きてきた木を、

惜しげもなくザクザク削って、

分厚い板の、その結晶の如きものとして、

舟の櫂 ・ パドルを削りだしている。

今年は、すっかり……パドルメイカーの松原である。

そして漸く、

使い手を1年も待たせたパドルが、

また、産声をあげた。

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今回のパドルには、木彫師・高野さんのアイヌ彫りが施されている。

丁度、高野さんがこのパドルを届けて下さった時、

カヌーのプロガイド・K くんが遊びに来ていた。

開口一番、K くんは、

「 すご~、博物館にあるヤツみたいだ~!

     えぇ~、展示用じゃないんですか~!これは、凄すぎて使えないっですよ~!」

…………。

K くんも、普段使いでは、木製のパドルを使っている。

しかし彼のパドルは、マシンメイドの汎用パドルであり、

使用者は不特定のものである。

彼の知っているこれまでの木のパドルとは。

それは、あくまで消耗品…。

ぶつけてへこんで、こすって削れて、ボロボロになって、

塗装が剥げて、そこから水が沁みて、腐って、割れて、折れて、

もしかして最期に、カッティングボードに生まれ変われれば…、

そんなもの…だった。

松原の木のパドルに、アイヌ彫りを施して下る高野さんは、

普段、民具に彫刻をされる。

「 民具 」。それは、使わない飾り物ではない。その多くは、日用品である。

かつて、舟の櫂も日常の必需品だった時代がある。

もちろん、アイヌの櫂にも彫刻は施されていた。

パドルとは、漕ぎ手の体の一部となる、手の延長である。

パドルとは言い換えれば、体そのものである。

アイヌ文様は、その一つひとつに、想いが込められる。

その文様は、使い、身にまとうものの本来持つ力を増幅させ、

様々な自然にある災いから、身を守ってくれる力を授けてくれる。

それはまた、守られねばならぬほど、人間とは本来とても弱く、

対して自然は、厳しく強い無二の存在であると教えてくれている。

アイヌの民は、それをちゃんと知っていたから、文様を纏い、

自然と対峙していたのである。

そこには、畏敬の念はあっても人間の奢りは存在しない。

そして、

20年ほど前の、スラローム・カヤックの競技者が言ってたことを…思い出す。

…………。

「 木のパドルはね、俺の体を守ってくれているんだよ。

                        何度もハイ・テレマーク・ターンをする俺の肩は、

                                            脱臼癖がつきそうだった…。

      そして、ロウ・ブレースする俺の肘を、

               しなりながら、木のパドルは限界を教えてくれた。

                      『 無理するなぁ~、限界限界~ !』と木のパドルは教えてくれる。

                              そして、 限界を超えると俺の身代わりに、

                          折れたり割れたりしてくれるのが、木のパドルなんだ。

                                 カーボンパドルは、折れたいときに勝手に折れる。

                                            何の前触れもなく、突然折れる。

                        恐いんだその折れ方が。無機質なブレードは、刃物のようだし。

                                       信用出来ないんだ。なんとなく。

                ………木のパドルは、何度も俺の身代わりになってくれたよ。

                     冬だって、かじかむ手は冷たくないし、マメだって出来づらかった。

                             ……木は、俺の体をいじめたりしない。

                                     … だから、誰に言われるまでもなく、大事にしたさ。

                                                        ………だってパドルは体の一部だろ。」

…………。

木を 「ちゃんと 」使うことで、

その大切さを知っていた時代は、ちゃんとあった。つい最近までそうだったのだ。

そしてまた、

先住の民が大事にしてきたものは、博物館に飾っておくものではない。

そんなことも、

文様が刻まれた櫂で、水辺へ出れば、自然に気付き始める。

20年も木を削って、櫂を作って、

やっと今頃、そんなことに気付いている。

文様の刻まれた木のパドルこそ、

実は、使わなければならないパドルの姿であり、

それを使うことは、復活しなければならない、大事な文化なのだ。

奢りを捨てさせ、常に畏敬の念を持たせてくれる、

そんな水と対話する為の道具をひとは、作り、使ってきた。

大事にするものを見失ってはいけない。

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絶滅危惧種との遭遇。

お盆休みもあって、巷は、賑やかの様。

ラジオから流れる街の話題とは裏腹に、

トナシベツにいるかぎり、その実感は湧かず。

天を覆うほどのトンボが舞い、

秋の虫が鳴き始める…、

そんないつものトナシベツに、ここ数日、来客が続いた。

それはトナシベツ的に…賑やかな日々である。

冬のトナシベツを知る来客は、橇犬との再会を楽しみに。

そして、バイダルカがらみの来客は、海の話題を携えて。

そして久しぶりのタイプ?の来客が遠路遥々、訪ねてくれた。

オープンデッキカヌー・シングルパドルの使い手、

「カヌー乗り 」の面々である。

彼らは自らを、カヌー界の 「 絶滅危惧種 」と揶揄される。

今も変わらず、一部では「 カナディアン 」と

呼ばれているオープンデッキのカヌーは、

本州方面で、衰退の道を直走っているそうだ。

輸入業者の撤退、廃業などもあり、

新規に今まで使っていたカヌー・パドルは

もはや購入出来ないらしい。

日本のオープンデッキ・カヌーの世界は、

輸入業者の売れ線!(みかけ、雰囲気)でハードはセレクトされた。

カヌーを購入しても、楽しみ方は手探りするしかなかった

カヌーブームの時代である。

そんな状況を楽しめる人には敢えて、イイ時代だったかもしれないが、

ハードを使うための地道なソフトの普及が、二の次、三の次となったために、

カヌー購入者は、自らの創意工夫で楽しめる人と、

途方に暮れる人に完全に分かれてしまった。

カヌーは、文化としてトータルに輸入されることは、なかったのである。

今回、そんな創意工夫が出来てしまった、しかし、それ故に、

絶滅危惧種?となるつつある面々が、

自らの創意工夫のシングルパドルを携えて、

松原パドルに会いに来てくれたのである。

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時に、川ではカヌーを飲み込もうと、渦巻き、飛沫を上げる波にもまれ、

流れを読みながら、その力を感じながら彼らは漕いだ。

また、湖では風に翻弄される船型を呪い、向かい風、追い風、見えない風を読み、

常に「 片側の櫂 」だけで、舟を操り、漕ぎ続けてきた使い手たちである。

パドルに何が出来、何が出来ないか。パドルはどうあるべきか。

彼らは使いながら、道具としてのパドルを探し求めた。

そんな彼らの手探りで手に入れた経験談は、

松原のモノ作りの大事な糧となる。

耳を傾けるうち、彼らの経験は、

そのどれもが、「 ある乗り物 」の為の訓練ではないのか?

そんな思いが、少しずつ確信として変わり始める。

「 ある乗り物 」 、それはバイダルカ。

海のバイダルカ を川のシングルパドルの使い手が操る。

海というフィールドをバイダルカが走るための基本を、

その為の技術・経験を、彼らシングルパドルの使い手は、

知らず知らず、川と湖で身につけている。

流れの中、風の中、うねりの中、

操船が中心となり、それでも漕ぎ続ける状況を、

川のシングルパドルの使い手は、漕ぎ続ける。

荒天でも片側だけを漕ぐしかなかった川のシングルパドルの使い手。

古のシングルハッチ・バイダルカは、ハンターの舟の代名詞である。

そのハンターには、両刃の剣、ダブルブレードのパドルが欠かせない。

しかし、ツーハッチやスリーハッチのバイダルカは、

航海型の舟として進化を続けたグランドツアラーの歴史を持っている。

長距離を漕ぐとき、時として海は、複雑な潮流の中、突風を含む終わりない風の中、

海のうねりが小舟を飲み込もうと牙を剥く。

乗り手が複数の場合、左右同時に、アウトリガーの如く、

海中にブレードを沈めたまま漕ぎ続けられるシングルパドルが活躍する。

その時、ダブルブレードパドルでは問題となる、

意味のない邪魔なブレードは、海上に存在しない。

風下側だけを漕ぎ続けることなど、

片側だけを漕ぎ続けてきたシングルパドルの使い手達には、

容易いことである。

古のバイダルカのグランドツアラー達は、シングル、ダブルとパドルを使い分け、

中でも、シングルパドルを多用してきたことをうかがわせている。

川で「 絶滅危惧種 」となってた日本のカヌー乗りは、川の流れに乗り、

いずれ海へ辿り着き、そこで新種となり増殖するのは、如何だろうか。

川と海は繋がっているのだ。

…海は、バイダルカは、そんなあなた達を待っている気がする。

バイダルカには、シングルパドルが欠かせないのだから。

それを実証する日は近い……。

…………、

シーカヤッキングの為のシーカヤックと、

そしてを操る為に生まれたシーカヤッカーたち。

似ているようで異なる、シーカヤックとバイダルカの世界…。

その新しいページを開くのは、

絶滅危惧種のシングルパドルの使い手か、否か…。

そんなおぼろげな思いが、確信となるか。

………面白くなってきた。

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そんなこんなの…トナシベツの森の

…晩夏である。

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バイダルカに乗りたい、その気持ち。

…それはとてもいいお天気で。

誰だって、水遊びしたくなる夏の日。

松原の暮らす北海道内陸部は、潮風遠く、遙か彼方。

しかし、広大な森林に囲まれ、川と湖には恵まれている。

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「バイダルカに乗りたい。」

…都会で暮らす友人が、訪ねてくれる。

ひとりは知床でスポーツカヤッキングを知り、

シーカヤックの世界にのめり込む。

もう一人は、川と湖のカヌーを知りながら、

シーカヤッキングの世界の扉をたたきはじめた。

そんな友人たちを連れて湖へ…。

週末のかなやま湖は、時に無法地帯と化す。

我が物顔でジェットスキーが走り回り、

バイダルカには物足りない、べた凪の湖面を、

ジェットスキーの波紋だけが、折り重なり変化をつけてくれる。

そして、

お弁当とビールを積み込み、湖面散歩へとくりだしてみる。

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「クセのある舟で、経験者じゃないと無理」

「ただただ、恐れ多いって感じ」

そんな先入観は、

小一時間もすると払拭される…。

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「なんか良いホルモンが一杯分泌された感じ…。」

「なんかイイ。上手く言えない。スゴクいい、この感じ。」

いにしえのウナンガンは、

狩人そのものとしてバイダルカを扱い、

女人は、触ることさえ許さなかったと聞く。

今、松原が形にするバイダルカは、

いにしえの、時空を越える

旅するための移動手段として再現される。

そこには、男も女もない。 

それは、

ロマンの欠片を持った大人の舟である。

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パドルという櫂について。

8月に入って、この月曜日からのお天気は、

夏女 ・ 夏子が水浴びするのにピッタリの、燦々。

ソリ犬達も、水浴びでビショ濡れの、今日この頃…。

加えてビルダー松原は、連日、

汗と水遊びのビショ×ビショで、パドル製作に明け暮れている。

パドルという 、そう、「 櫂 」である…。

先日のアウトドアライフを専攻している大学生との会話で、

カヌー・カヤックの定義をどう解釈しているか尋ねた時、

パドルについても聞いてみた。

彼にとって、パドルは

「カヌーを漕ぐのに使うのが、シングルブレードパドル」 、

「カヤックを漕ぐのに使うのが、ダブルブレードパドル」 、

…だそうである。

水を捉える平らな部分は、ブレードと呼ばれる。

いわゆる、「 刃 」 なわけである。

しかし、彼はそれをブレードと呼ぶが、刃だとは思っていなかった。

使い手にとって、水を捉える面でしかないブレードを、

作り手は刃をイメージして削る。

カヌーと呼ばれる小舟は勿論のこと、

小舟は、どれも「 櫂 」で漕ぎ、そして操るものである。

その櫂は、本来、片側にしか水を捉える面はない。

だから、「 櫂 = シングルブレードパドル  」の扱いを身につけるのは

小舟を操るために欠かせない、基本中の基本の技なのである。

櫂は、舟を推進させ、操船もこなす道具。

海では、推進力を多く櫂に頼り、

川では、舵取りに多く櫂を使う。

そして、今年の夏、生まれた

海の櫂である。

バイダルカ用の新作シングルブレードパドル。

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ブレードは、先端まで峰を持つことで、

極力薄く削ぎ落としてみた。

グリップは、T 型 で、掴みやすく、水中へのパドルの出し入れに

保持し易くしてある。

川の舵取り主体のブレードとは、明らかに異なるデザインとした。

松原のバイダルカを漕ぐのに使うパドルは、

果たして、どんなパドルか…。

もし、両端に刃を持つ櫂をバイダルカが求めた時、

バイダルカは、鳥のように水面すれすれを滑空する…。

その答えを、

今は…バイダルカが知っている。

だから、

今は…漕ぎ続けるしかない、のである。

そして、

今日も…松原は作り続ける。

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我が道を行く。

北海道・トナシベツも、初夏の季節に差し掛かる。

日本のあちこちから、パドルの問い合わせを頂き、

あちらこちらは、シーカヤック真っ盛りの季節のようで…。

それに引き替え、松原は山籠もり、

ひたすら工房で物を作る自分の役目を自問する相変わらずの日々…である。

山の乾いた緑の風に吹かれ、海を想う…。

海、いきたい………。

そんなこんなで、我がバイダルカは、

キャンバスが、カリカリに乾き、海を恋しがっている。

今年の我がバイダルカは…、

10月末に小樽へ連れて行ってやるのがどうも最初で最後になりそうである。

…何がそんなに忙しいのか。

バイダルカ製作は、新規のものが中々手がつけられず、

止まったままで、怠慢を許す自分が…許せない。

全長約 8m。「 3人乗りのバイダルカ 」 が、次に松原が製作するバイダルカである。

昨年の11月、函館に赴き、世界にひとつとか、ふたつとか言われている

「本物」のバイダルカに会うことが出来た。

何ら調査研究も行われていないガラスケースの所蔵品は、

ミイラとなり、時間が止まったまま眠り続ける。

保管状態が悪ければ、有機体故、何れ朽ち果てるであろう。

ロシアにもコレクションがあると聞くが、収蔵庫で眠っているなら

調査研究が為されることを願うばかり…。

そんな現状ではあるが、

明るい話題もちゃんと見つかるものである。

http://www.baranovmuseum.org/index.php?option=com_content&task=view&id=19&Itemid=33

アラスカ、コディアック島の博物館に、

やはり、本物の3ハッチバイダルカが所蔵されていた。

現在、その保存に、費用と労力を惜しまず努力している人達がいてくれる。

頭が下がる。何が大事かに気付くのは、口で言うほど容易いことではない。

イヌイットやウナンガンの祖先が日本人だったという説を

そのまま鵜呑みにするわけではない。

しかし、同じモンゴロイドとして、親戚のおじさん達に当たる民族が

延々と創り上げてきた文化を、

カナダ人やアメリカ人から、シーカヤックスポーツを通して教えられ、

ウナンガンの文化の象徴、「 バイダルカ 」の

保存、そして未来も、彼らに任せてしまう現状を愁う。

いやはや、

背中ばかり見て、追いつけない松原。

出来ることは既に分かっている。勿論やるべきことも。

「 JUST DO IT  ! 」

………橇犬マッハが、大きなあくびをしている。

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実証する技術力と時空を越える想像力の狭間で。

日中の肉体労働は、

脳みそを休めるのにはとてもいいと思う。

単純な作業は、思考回路がシンプルになっていくのが

手に取るように分かるものだ。

太陽が山陰に入り、冷気がおりてくると

灼熱地獄の日中から解放され、

橇犬達は、少し身動きが取れるようになる。

甘えた声があちこちで月明かりの中、聞こえる。

そして松原は、頭脳労働?!に突入する…。

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10年以上前、日本語訳が出版された。

スー・ハリソンのアリューシャン黙示録。

アリュート語を含む六つの言語と、

考古学・人類学・地理学などの調査研究のうえに

築かれた紀元前七千年頃のアリュート族の物語。

松原は、小説としてではなく、研究論文としての詳細を

本の中から探し、拾い集める。

松原は己の積み重ねた経験を通して、再度小説を読み解く。

持てる技術を駆使して、実証を繰り返し、

足りない部分は、仮想・検証を繰り返す…。

そんなこんなの夜の帳は……脳が渇きを訴えて仕方ない。

ロックグラスのジャックは、薄い水割りとなって

カラカラの脳に一瞬で染み込む。

そして………虚ろの松原に、

小説の老人が現れ、呟く……。

「 お前の舟は、何の為に、何処へ行こうとしている。 ……。」

……… リフレインが……止まらない。

そうだ明日、メロンをもらいに行こう。

……続きはまた、それからでも遅くない。

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遙かなる旅の途上…。

近隣の酪農家は、連日、牧草収穫作業に明け暮れ、

むせかえる程の草の匂いに、今、工房は包まれている…。

そんなトナシベツ…。

先日製作したバイダルカ用シングルブレードのパドルは、

南富良野町と沖縄・本部町との友好親善の為、

小学6年生の特使たちに手渡された。

北の海の舟で使う櫂がどんな物か、興味を持ってもらえると嬉しい。

その「 切っ掛け 」が、あのパドルの大事な役目のひとつである。

南の文化に、北の文化が出会う。

そこでなにか産まれやしないか。

ほんの少し、期待が膨らむ。

パドルには、アイヌ文様の木彫を施して頂いた。

アイヌ彫りは、松原の仕事の数少ない理解者である木彫師・高野繁廣さんである。

高野さんは、アイヌ民族ではない。

シャモ( 和人 )である。

卓越した技術と豊富なアイヌ文化の知識を有するシャモである。

アイヌの聖地 ・ 二風谷で看板も上げず、アイヌ彫りの木工品を作り続ける人。

高野さんは、アイヌの「 文化 」を敬っていらっしゃる。

「 敬う 」という行為は、とても、とても大事な行為である。

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大正15年に出版されたこの本には、こう記されている。

「………アイヌは今や滅びようとしている。しかし、その有する芸術的な才能は、土俗品に現れたる幾百年の跡に依って証さるるが如く異常なる隆盛を示している。故にアイヌを知ろうとするには、どうしてもその文様、芸術を知らねばならない。そして、アイヌ自体を理解し、彼らを成長せしむるのにも、文様、芸術を排除してはならないであろう、即ちこのような特徴を有する民族を、木材工芸その他凡ての工芸美術方面に教養とすることが、最も有意義であるように思われる。」(杉山寿栄男 編著  北海道出版企画センター)

この本の初版が出版されてから82年。

今アイヌ民族は、先住民族として真の認知を獲得しようとしている。

過去、政府の実施した政策や混血により、純粋なアイヌやアイヌ文化は死滅したと

言われ続けたのにである。

アイヌ文化は、世代を超え生き続けている。

アイヌ民族が誇りを持って自らの文化を継承し、

シャモは敬意を持って、アイヌ文化を教養とし、共に成長したい。

高野さんは、その実践者である。

今松原が関わるバイダルカは、

アリューシャン列島・アリュート民族のアリュート文化の象徴である。

アリュートの歴史も、アイヌの歴史と重なる。

松原は、バイダルカの最終型、3人乗り航海型アリューシャンカヤックを復元し、

過去にバイダルカが艦隊を編成して

太平洋沿岸を数千㎞航海した軌跡を辿らねばならない。

その実力を、広く知らしめることは、アリュート文化の再興に繋がる…。

コロンブスが誤解して呼んだのとは違う、

真の「インディアス(アジア大陸)」に暮らす「 北海道インディアン 」として、

そして「 モンゴロイド 」として。

松原は、遙か、遙か彼方へ。

D・N・A の所為か…、致し方ない。

己の役目を見つけ、出来ることを続ける。

それが生きる証、であろう。

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森の民と海の民

6月も半ばを過ぎ、

トナシベツの森は、木々も光合成を繰り返し、

新緑は色濃くかわり、

森の生きとし生けるものたちが、

賑やかに、生命の息吹を感じさせてくれている。

直ぐ脇を流れるトナシベツ川も、

雪融け水は落ちつき、

アメマスに会える季節となった。

ここトナシベツは、北海道の内陸部にあたり、

島であるにも関わらず、潮の匂いは感じられない。

日本列島などと知っていながら、

北海道で島民と意識して暮らす人も少ない。

島民と肌で感じるのは、離島に暮らす人々であろうか。

実際にトナシベツに暮らしながら海を感じ、

海との繋がりを意識することは、意外と難しい。

乾いた風が吹き、

家畜が草を食む草原は、大陸を感じさせてくれる。

そんなトナシベツの森で、

松原は、海の民の舟を作り、海の民の櫂を削る。

その理由を知る人は少ない。

トナシベツの森は、

海で出来た雲、その雲に作られた雨に潤い、

命を育んでいる。

森は、潤いながら、森が蓄えた滋養を加えて

命の水を海に帰す。そしてそれは、川に与えられた大事な役目。

人の血管のように、地表に張り巡る川は、海と繋がっている。

トナシベツの森も、トナシベツ川で海と繋がっているのである。

実は随分と前から、

トナシベツのある、南富良野町は、

遠く離れた沖縄の本部町と友好関係を保ちながら

小学生たちが、夏冬と行き来している。

北の森に暮らす子供たちが、

南の海の暮らす子供たちと、友だちになる。

そんな交流が今年も7月にある。

そして、松原のパドルが今回の手土産に選ばれた。

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松原は、海の舟・バイバルカの為のシングルブレードパドルを

森の沢沿いに多い、ヤチダモから削りだし、

二風谷の木彫師、高野繁廣さんにアイヌ彫りをお願いした。

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アイヌの儀礼の為の民具、イクパスイをイメージして

沖の神(シャチ)の、レプンカムイの文様が刻み込まれた。

イクパスイは、アイヌの工芸を代表するもの。

自然界の神々に祈りを捧げるとき、

人間の言葉の足りないところを補い、

誤りを正し、雄弁に祈りを伝えてくれる道具。

自然の樹脂を塗り込み、蜜蝋で磨かれ、

想いを形にした我が分身が、遠く旅立つ。

遠く離れた北の海と南の海。

勿論、それは繋がっている。

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松原の伝えるべきこと。

来客がないと人に会わないトナシベツの生活。

そんなトナシベツに、札幌から来客があった。

今年10月に行われるイベントの為、わざわざの挨拶。…恐縮、である。

イベント実行委員は、北海道教育大学の学生さんが中心となるらしい。

何と、「アウトドアライフ専攻」が専門の学生さん…。

時代は変わった。いや変わりつつある、といった方がいいか。

私が学生だった25年前には、考えられない大学での専攻。

晩秋の北海道でそんな彼らと一緒に、バイダルカがらみのイベントとなるらしい。

彼らは既に授業で「えぞ鹿の皮鞣し」、なんぞも体験済みらしい。

そして秋には、バイダルカに乗ってしまう…。

いやはや、何をか況やである。これを羨ましいというべきなのか。

彼らは、何を学び、何を伝えていってくれるのだろうか。

若い彼らの溢れるエネルギーに…、松原はやはり期待したい。

………溢れるエネルギーか………。

この時期、北海道の朝は早く、

夏至に向かい、日照時間はどんどん長くなる。

太陽とリズムを合わせる松原は、3時半には起き出す。

そして、明るいのをいいことに、20時近くまで屋外の作業をつづけてしまう…。

早朝は、空気が冷たく、虫もあまりいないし、ニオイも気にならない。

だから早朝作業は、皮鞣し、である。

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知床の海に生きたトド。

有害駆除の名の下に、命を失い、

しかし幸い、その肉は人間の血となり肉となった。

そのどれもは、メスのトド、である。

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今まで破棄されていた皮が、

今回、鞣しという作業を経て、生まれ変わろうとしている。

…松原が初めてバイダルカのフレームを木で組み上げた18年前、

ウッド&キャンバスカヌービルダーとしての経験から、

迷うことなく、そのバイダルカは、コットンキャンバスで覆われた。

北米の博物館で眠っているバイダルカのどれもが、

海獣の皮で覆われているのを知っていながら、である。

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毛に覆われていた皮膚が、

鞣しの作業で露出していく。

そしてそこにある、

無数に刻まれた傷に、

彼女の人生を垣間見る。

自然に、語りかけてしまう自分がいる。

「一緒に海に帰ろう。」

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改めて、自らに問う。

「 バイダルカ 」という舟がどんな舟か。

そして、

次代に手渡すものを見極め、きちんと手渡さねば。

それが、大人の役目。

…北海道の秋の楽しみが、またひとつ…、である。

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SKIN KAYAK/BAIDARKA 皮が素材になる理由、こぼれ話。

「勉強。」

それも誰かに教えを乞う。

歳をとればとるほど、改まってその行為を行おうとすると

妙に肩に力が入るものである。

松原の木工技術は、長野県の上松技術専門校・木工科での

家具作りの基礎学習が一番下の大事な土台となっている。

それはもう、23年前の話。

その後、ヨロヨロとした独学での経験の積み重ねが続いている。

これまでの23年の間の僅か1ヶ月半、

アメリカ・メイン州のカヌービルダーとの生活が

「師」と呼べる人との出会いであり、それは私のカヌー製作の土台となっている。

その後、アメリカ・アラスカ州で犬ぞり製作の教えを乞う、

瞬く間の3週間の旅があった。その経験が勿論、橇作りに活かされている。

松原のバイダルカ製作の技術は、

それらの土台の上に積み上げてきたものを頼りに

北米や北欧の博物館の所蔵品や古い文献や書籍からの知識をもとにして

試行錯誤を繰り返し、身につけたものである。

松原のバイダルカは、完全な独学による作業の積み重ねを続けている。

物を作るというのは、分かり易い世界だ。

出来上がった物がすべてを語る。

結果がすべて。結果オーライの世界である。

道具を作ったら、使えなければ存在する理由はない。

だからダメなものは消え去り、使えるものは残ってゆく。

インディアンカヌークラフトは、木の道具にこだわって

それも旅する移動手段にこだわって作り続けてきた。

尤も、それは、

使えるはずだと信じ続けて諦めなかっただけなのだが。

頑固に、そして、支えられ、ここまで来れた。

そんな松原も、18年ぐらい前、映画の撮影で使用する目的で

バイダルカ風カヤックを作ったことがある。

撮影の小道具として機能するシーカヤック。

アザラシだったり、予算の関係で子牛だったりする

綺麗に鞣された「毛皮」が材料として用意された。

納期の関係から、革の縫製は馬具職人さんとの共同作業となった。

その時の経験が今の私のキャンバス張り・手縫いの土台となっている。

蝋引きされた麻糸を使い、綿帆布を皺が寄らないようにバイアスに引きながら

縫い込んでゆく。馬具屋さんが革を縫う作業をするところから見習ったことは多い。

その折にも、本物のバイダルカの話は勿論話題になった。

「どんな風に鞣した革を使うんだべか。」

しかし、その時の松原は、残念ながら、革との経験があまりに稀薄で

博物館でカチカチに皮が乾燥した皮張りのカヤックしかイメージ出来なかった…。

撮影が無事終了すれば、小道具の役目は終わる。

勉強になったが、「革」とは少し苦い想い出…のもの作りだった。

松原は、冬期間、犬ぞりツアーでの食材として勝美さんの蝦夷鹿を頂く。

その蝦夷鹿の鹿皮が、トド皮鞣しの実験・練習用に手渡されたは去年のこと。

今漸く、鞣しの世界の扉が開く…。

作業の流れはこんな風だ。

…………、

皮を剥がし、余分な脂肪・肉片を削り取り、塩蔵する。皮からは水分が奪われ

腐敗しにくい状態となってゆく。塩蔵された皮は、次に石灰溶液の中にしばらく漬け込まれ

強アルカリにより毛根が分解され、密集した毛はあっけなく、むしり取られる。

そして水洗いされた皮は発酵ペーストに漬け込まれ、

さらにコラーゲン以外の物質が分解されてゆく。

最後にクエン酸の溶液につけ込まれ組織は中和され、鞣しの下準備が終わる…。

下処理された皮は、タンニン液に漬け込まれ、燻煙、乾燥を経て、

鞣しが終わり、皮が革になる……のであり、長い道程なのである。

トド皮をバイダルカに被せる作業は、上記の革なめし作業とは異なるが、

鹿肉を堪能、味わわせてもらった身として、勝美さんの仕留めた

蝦夷鹿の鹿皮の処遇は、気になるところである。

鹿撃ち勝美さんは、羅臼のトド撃ち須藤さんと同じで、獲物への敬意を忘れない。

無駄に命を奪ったわけではない。

だから、勝美さんも須藤さんも、少しでも命に感謝する機会が増えるのなら

可能な限り協力を惜しまないと、ハンターとしての誇りを持って

生皮の提供を約束してくれる。

幾つになろうが、知らないことはまだまだ、ゾロゾロ出てくるものだ。

解体が行われる処理場でみたビニール袋の丸められた鹿皮に

目も呉れなかった自分が情け無いのだが、

鹿革は、牛革なんかより人との相性や使い勝手を考えれば

もっと身近にあるべき素材なのだそうだ。

だから、やっぱり 「 勉強 」なのである。

勿論トナシベツだから、「通信教育」。

「 レザーウェアズ・ビルダー 」。

プロが手をかければ、鹿革はこうなる。

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松原は、これから革加工のイロハを1年かけて学ぶ。

自分のことであるにもかかわらず、

積み上げてゆく経験は、こんな世界にも及んでゆくのか…、と感慨にふけったりする。

鹿革が機能的な素材として存在し続けた、

その素晴らしい歴史を知ってしまった松原。

肉だけ食って皮は知らない、

ではもう済まされない松原。

……松原の役目が又ひとつ増えてしまった。

しかしそれは、皮張りのバイダルカをつくる

カヤックビルダー松原が避けて通れない道。

革加工の知識、経験、技は欠かせない。

……漸く毛が抜け始め、真皮が現れたトド皮が

松原を待っている。

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SKIN KAYAK / BAIDARKA -皮が素材である理由。

本当に、

本当にカヌー・カヤックと呼ばれる

移動手段としての道具の存在を知り得たのは、

北米を旅した20年前だった。

そしてこれまでの20年の間に

松原は、何を見、感じ、積み上げてきたのか。

己が首を突っ込んだ世界が、脈々と続く歴史の中にあり、

それが更につづき、

己の斯業が後生に繋がるか否かを、今、自らの枷とする。

そして、

20年前には想像も出来なかったことを、目の当たりにする。

これまでスキンカヤックなどという呼び名を平然と使いながら、

綿の布をスキンの代用としてきた。

それはそれで、その素材を使った立派な舟であることに、間違いはない。

言うまでもなく、

昭和30年代に大阪・堺で生まれた松原には、

「スキン」を身近に感じる環境はなかった。

それが、今、目の前にするのは、

エゾシカの生皮であり、トドの生皮なのである。

それらはこれから、松原の手に掛かり

スキンカヤック・バイダルカとなってゆく…。

エゾシカは、勝美さんが仕留め、トドは須藤さんが仕留めてくれたもの。

それぞれ、肉は人間の血となり、肉となった。

剥がされた皮は、これから生まれ変わり、海上の舟となる。

かつて、アリューシャン列島で栄華を極めたアリュートの民は、

ロシア人による奴隷支配を生き抜くため、

海洋民としてのスピリッツを決して失わなかった。

「どんな事態になろうとも、

いつも、いつの時も…、

おれは、舟の主なのだ。」

伝説のバイダルカは、海上を鳥のように浮上し、音もなく、最速で走る。

…それは、他に例えるもののない人間の生み出した叡智である。

…その叡智の主が、奴隷である筈がない。

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松原は今、

「皮鞣し」を手探りで行いながら、「皮」という存在を改めて体感する。

生皮に触れることで、本当に、本当に申し訳ないが、

現代のシーカヤックと呼ばれる石油等で作られた、

いずれにせよ工業製品に分類されるものと

スキンカヤック・バイダルカが混同されるのは、

素材となるべく、己の身を捧げた海獣にも、

文化としてまでも確立させたアリュートの民にも

申し開き出来ないことと感じる。

松原にそう感じさせる目の前の生の皮は、

有機体として変化しつづけ、

松原に「無知の知」を説き始める…。

いずれにせよ、松原次第か。

本物が、もうすぐそこに待っている。

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森と海の狩人との出会い。

ドラマで有名になった富良野。

北海道のヘソとも言われる富良野の

南に位置する我が町・南富良野は、

いわゆる北海道のヘソの下、でもあったりする。

富良野が舞台のドラマ「北の国から」は、

何の因果か、我がバイダルカが浮かぶ道東・最果て、知床の羅臼でも

その舞台となっていたりする、のであった。

思わぬところで繋がっている富良野と羅臼…。

1ヶ月も前の、犬ぞりが真っ盛りの1月15日のこと…。

前日深夜に南富良野を出て、早朝には、羅臼の海岸線をひた走っていた…。

目的は、知床のトド・ハンター須藤公男さんに会うためである。

我がバイダルカのスキンに使うトド皮を須藤さんから譲って頂くのが目的。

函館の3ハッチバイダルカのレプリカ製作も視野に入れ、

トド皮の入手を羅臼の知人を介してお願いしていてのことなのである。

指定された漁港には、いかにもという感じの4WDピックアップが止まっていて

側には、小さい茶色い塊が転がっていた。

ハシブトカラスが群がる、塊…。

それは、既に綺麗に剥かれ、折りたたまれていた為、

想像していたより遙かに小さなものだったのである。

友人から散々聞かされていた、「トド皮は、臭い。臭い。臭い…。」

トド皮を触った手袋、衣類は、尽く、再利用は不可能でそのまま廃棄。

一体全体、どんな凄まじいニオイが待っているのか、

恐る恐るピックアップトラックに近づいていった…。

車から現れた須藤さんは、海の男であった。

伺えば、船長でもあり、漁師と猟師を共にこなす、男の中の男なのであった。

「犬ぞりとかで、仕事忙しそうだから、予め、剥がしといたわ。」

「300kgぐらいのヤツだわ。広げてみな。」

小さく見えたのは、あまりに綺麗に折りたたまれていたためで、

持った段階でその重さにビックリし、広げながら、

改めてその大きさに驚かされた。

そして、何より驚いたのが、ニオイである。

何と殆ど、その毛皮からはニオイはしなかったのである。

予備知識で、臭い臭いと脅かされていた話を須藤さんにすると、

あっけらかんと、こう教えて下さった。

「俺は、トド肉を人様に食わす為に仕留めている。皮が臭いのなら、

肉なんて食えたもんでない。きちんと仕留めて、処理したトドが臭い訳ないべや。」

日頃、山で暮らす自分が、えぞ鹿ハンター・勝美さんから聞かされているのと

全く同じ話を、海のハンター・須藤さんから聞かされる…。

それから、須藤さんは、こう続けて話をしてくれた。

「俺がなんで、今回、松原さんの話に協力しようと考えたか。

俺は、漁師だ。俺が海から揚げたもんで、ゴミになるようなもんはない。

したけど、今、トドの皮は、産業廃棄物として処分されている。俺としては

不本意だ。上手く使えるなら、使って欲しい。どんなモンだって、俺が揚げたもんは

海からの授かりもんだ。ゴミを揚げているつもりはないんだ。

だから、宜しく頼む。筋道作って、上手く使えるようになれば、嬉しいことだ。」

自分のワガママで始めたバイダルカ製作だったが、

いろんな人を巻き込みながら、いろんな人の想いも預かりながら、

松原のやるべき事は、明らかにされる。

そしてトナシベツの森で、

知床のトドの皮を使ったバイダルカは生まれる、のである。

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念願の函館へ…。3ハッチバイダルカとの対面。

漸くである。待ちに待った時がやってきた。

3ハッチバイダルカに会える。

そして、11月6日。念願の対面である。

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所有者である市立函館博物館の成田学芸員はじめ、

管理者の函館市北方民族資料館の福田学芸員、その他関係各位のご配慮で

至近距離での撮影、肉眼による内部構造の確認を行わせて頂いた。

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1875年に、開拓使、黒田清隆一行が千島列島・シムシル島で

採集した世界的に見ても、貴重な資料・3人乗りバイダルカ。

パドルが朽ちているのに比べ、バイダルカ本体は、

想像していたよりも、綺麗な使用感を感じさせない状態のものであった。

そして、函館博物館では、昭和49年に北海道大学水産学部の生徒が製作した

レプリカモデルも参考資料として開示して下さった。

それがこれだ。

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ビニールレザーをスキンにしたもので苦労の跡がしのばれる力作である。

製作者に会ってみたいものだ。

インディアンカヌークラフトの松原がこれから再現するバイダルカは、

函館3ハッチバイダルカから、学ばねばならない。

近い将来、松原の手による函館バイダルカ・レプリカを海へ。

ガラスケースの中のバイダルカに、そう誓いを立てる。

今の日本になら、性能を肌で感じ、次代に伝えられる漕ぎ手がいる。

漕ぎ手としての評価を、貴重な資料として加えたい。

そのことに、函館の学芸員の方々も、興味を持って下さっている。

「 前向き 」のカヤック ・ バイダルカ を、みんなで漕いでゆきたい。

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函館バイダルカ復元への道、その1。

バイダルカという世界で最も優れた最小の舟を

復元して、随分と月日が流れた。

最初に復元したのは、17年も前になる。

私は、研究者ではないので、作って、乗って、感じる。

それを繰り返してきた。

その作業に、ややこしいことは、持ち込みたくない。

イイ舟に乗りたい。松原の基本は、そこにしかないのだ。

バイダルカは、イイ舟だ。だから、作る。それだけだ。

ニセコの新谷さんは、日本のシーカヤックのパイオニアである。

その新谷さんが、日本に本物のバイダルカがあり、その舟がどんな舟なのか

自分が知らないことは、恥ずべき事だと話してくれる。

新谷さんは、自らを漕ぐことしかできない者と言い切り、

しかし、だからこそ、分かることがあり、感覚的に理解出来ることが

あるのだと話してくれた。

北海道・函館にその本物のバイダルカが眠っている。

新谷さんは、函館バイダルカの復元プロジェクトを遂行したいと言ってくれ、

製作者として、私を指名してくれた。とても、とても名誉なことである。

これまで、松原のバイダルカは、スキンにコットンキャンバスを代用してきた。

しかし本物は、海獣の皮で、覆われている。

復元には、トド皮を鞣さなければならない。難関が立ち塞がる。

皮鞣し経験のない松原は、森のかりうど・勝美さんから、

まずは、練習用にと、鹿皮を譲り受ける。

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生の鹿皮。このままでは、当然、腐敗してしまう。

先ずは、保存のため、塩漬けにしなくてはならない。

先日のトナシベツ秋の味覚を味わう会で、強力な助っ人が訪ねてくれた。

そして、ウルと呼ばれるナイフが活躍するときが来る。

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南極やグリーンランドを横断した吉川謙二さんから頂いたウル。

お土産品とは違う、普段使いのシンプルなものだ。

生皮に残った肉や脂肪は鮮やかな手つきで削ぎ落とされてゆく。

ジャックダニエルのストレートをグイグイやりながら、鹿皮が、綺麗に削がされてゆく。

松原は、ひたすら皮を押さえ、ジャックのおこぼれを頂く…。

酒宴を抜け出した、真夜中の不思議な数時間は過ぎ去り、

明け方、綺麗になった皮に大量の塩をすり込んでゆく。

浸透圧で皮の水分が奪われ、腐敗の進行が止められる。

数日後、塩抜きして、石灰溶液に漬け、毛を抜き取ってゆく…。

未経験者の私のための、皮鞣しのバイブルはこれだ。

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バイダルカ製作者にとっても、素晴らしい内容の本である。

鹿皮で鞣しの技や手応えを上手く、手に入れられれば、本番のトド皮である。

函館バイダルカは、いずれ、海上に蘇る。未知の扉が開かれるのだ。

新谷さんと一緒に、答えを出したい。

その答えが、扉の鍵になることを、新谷さんも私も感じている。

アリューシャンが…、いにしえの民が…、

函館バイダルカの帰還を待ちわびている、

そんな気がしてならない。

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函館からの電話。そして、灯台もと暗し。

シーカヤックによる知床エクスペディションも

今年度、残すところあと僅か。http://shiretokoexp.sports.coocan.jp/

2週間ぐらい前、知床行きの新谷さんがわざわざ、寄り道してくれた。

私のアリュートパドルについて、これから作るバイダルカについて、

塩ホルモンをつつきながら、語り合う。

翌早朝には、知床へ出発なのに、

話は尽きない。

そして、ダウンセータとクーラーボックスの置きみやげ…。

バイオリンじゃなくてよかった。

そして、あれから随分経った今日、電話が掛かる。

…新谷さんだ。

「 今、知床の帰りなんだけど、函館だ。例のバイダルカの写真、撮ってきたよ。 」

「 やっぱり、次に作る3ハッチは、ここのバイダルカだよ。 」

「 今日、それが判った。そう、感じる。パドルもそうだ。全部、揃ってる。 」

「順番で行くと、次は、このバイダルカだ。勿論作るのは、松原くんだ。 」

……知床から函館は、1,000km ぐらいか?

だから、……新谷さんには、どうやっても敵わない。

実は、函館市北方民族資料館に本物がある。本物のバイダルカである。

1875年、開拓使の黒田清隆は時任為基と共に、

樺太・千島交換条約の交換式、及びその趣旨を、先住民に伝える任を委ねられる。

そして、ロシア人により連行され、ラッコ猟を強制されていた

アリュート人が使っていた3人乗りの革張りの小舟を

千島列島、シムシル島から、資料として持ち帰るのである。

千島でアリュート人によって、ラッコ猟に使われていたバイダルカ。

本物の3人乗りのバイダルカである。

それが、函館の資料館で眠っている。

そのバイダルカは、3ハッチにしてはとても小さく、

全長は、私が再現する、バイダルカよりも短い。

しかし、この後、バイダルカは、大型化して行く。

1900年には、7メートルを超え、8メートルを超えるバイダルカさえ、生み出される。

私の中では、外洋航海・バイダルカを

次の製作のターゲットとしていた。

しかし、しかしである。

まさか、時任為基も、手土産に持参した先住民のフネ・バイダルカを

230年以上も経って、同じものを日本人が作るなんて、夢にも思わなかったであろう。

新谷さんは、これは誰かがやらなければならないと思い、

やるのは、松原だと、言ってくれる。

………函館のバイダルカは、

待ちくたびれたと怒っている、

………筈だ。

バトンは、しっかり受け取らねば、次には渡せない。

北海道で、バイダルカが甦るのは、必然である。

進むべき道が、照らしだされる。

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南米パタゴニアへ旅立つ。

シーカヤッカー ・ アライバタカオ。

新谷さんが、右腕とした人。

カヤックによる、アリューシャン遠征。

ケープホーン遠征にも新谷さんと一緒だった。

現、HAGLOFS  H PLUS サッポロファクトリー店、店長。

その店長が、遙か南米パタゴニアへ、スキー&カヤック遠征へ旅立った。

帰国予定は、10月頭。カヤックは300km程漕ぐことになる予定らしい。

旅立つ前、ギリギリに、漸く、彼の特注のパドルが出来上がった。

そして、待ちわびたそのパドルを、手にするため

暫しの別れを惜しむ彼女とのデートの合間を縫い、

遠路、我が工房を、訪ねてくれた。

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今回の、彼のこだわりは、2分割。

二つに切り分けられたパドルは、元に戻すのに、つなぎ合わさなければならない。

接合には、いくつかの部品と紐が必要になり、

多少の知識と経験も必要になる。

簡単、お手軽には行かない。

しかし、遜色ないように、元通りにする知恵。

出発前の忙しい時期に、パドルと一緒に、大事なそれを、手渡す。

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海の道具が、飛行機に乗るために、二つに切り分けられる。

本来の目的以外のために、二つに切り分けられる。

そして、それを元に戻す知恵と技。

儀式のような時間を使い、つなぎ合わされるパドル。

ケープホーンの時のように、

アリューシャンの時のように、

アライバタカオの一部となることを祈る。

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もう一つのこだわり、

裏表ともに、峰を付けたブレードは、

複雑な波を上手く、いなす事が出来る。

「 役に立った。」

…そのことばを、土産にもらうことを楽しみに。

南米最南端、アンデスの南、パタゴニア。

「   いってらっしゃい ! アライバさん ! 」

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NORTH WOODS WAYS .

洞爺財田自然体験ハウスの鈴木利典 くんから、荷物が届く。

彼は、先日のバイダルカとの接近遭遇で、いろんな思いを感じて帰ってくれた。

私の差し出すキーワードから、多くのモノを感じ取ってくれる大事な友人。

荷物の中には、そんな彼が、プレゼントしてくれた一冊の本。

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小学生に人気の月刊「 たくさんのふしぎ」。

知人・友人カメラマンが、結構関わっていたりする写真絵本だ。

絵本の中には、………19年前の私がいた世界が広がっていた。

絵本の舞台は、北米ミネソタ州のウィルダネス。

私の記憶の舞台は、東海岸のメイン州である。

場所は、異なるが、共に「北の樹海」である。

…………、25歳の秋、

水道も電気もないキャンバステントには、オイルランプとブリキの薪ストーブ。

そして簡易ベッドの寝袋。ムースの足音に、ワクワクしながら、暮らした1ヶ月半。

カヌーガイドの夫婦から、野外活動のいろはを学んだ。それは勿論、クラシック・スタイル。

そして、ウッド&キャンバスカヌーという道具の持つ世界は、……私を虜にした。

どうか、ゆっくりと、この絵本を眺めほしい。

そして、いつか、

あなたは絵本の中の世界にいることだろう。

……確信に近い、期待を込めて。

旅する道具としてのカヌー。無くしちゃ行けない、大事なモノ。

PS: もう一冊は、後ほど………(笑)。

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カヌーガイドとアウトサイダー

インディアンカヌークラフトは、1990年、

かなやま湖でカヌーピクニックを、富良野のユースと共催していた。

カヌーで湖面を散歩して、ピクニックランチを湖畔で頂く。

それを、私が作る、木のカヌーを使ってやっていた。

木のカヌーで、木のパドルで、カヌーピクニック。

犬ぞりピクニックのカヌー版。

むかしむかしのお話…。

その時のユース・オフィスFのスタッフが、鈴木利典。

現在、洞爺財田自然体験ハウスの中心スタッフとなり活躍している。

http://www18.ocn.ne.jp/~toya/

そんな彼が、友人たちと遠路、私を訪ねてきてくれたのである。

多分、15年ぶりぐらいの再会。

友人達は、カヌーガイドとして仕事でカヌーに乗る人達だ。

http://www.toya-guide.com/blog/

協会から資格を与えられた人達。

知識や技術を試験され、合格した人達だ。

ニセコの川や洞爺の湖がフィールドの、カヌーガイド達は、

勿論、シングルブレードパドルの使い手である。

根っからのシーカヤッカーとの違いは、シングルパドルの扱いの自然さにある。

パドルで繰船しながら、推進させる漕ぎ方に慣れていると、

ダブルブレードパドルは、扱いづらい。

彼らは、操船は手でするもので、操船を足ですることに、違和感を覚える、

と言っていたのが、あらためて聞くと新鮮だった。

そんな彼らを、バイダルカと第一次接近遭遇させる。

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バイダルカを操るのに、彼らは、シングルブレードを選ぶ。

ダブルブレードで漕ぐより、しっくりくる、と話してくれる。

知識ではなく、感覚的に、分かることがあるのを彼らは教えてくれる。

私が言うまでもなく、バイダルカが水の上を「滑る」感じがすると感じてくれる。

普段、仕事で乗るカヌーでは、感じないことを、感じてくれる。

カヌー・カヤックは、ただの「乗りもの」。移動するための「手段」。

でもでも、

「それだけじゃないんだよ~」、って言い続けるわたし。

与えられる資格を持たない、カヌー・カヤック乗りのわたし。

彼らの世界から、私は部外者である。

しかし、

そんな私を、道標としてくれる鈴木利典。

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Abenaki Indian が認める使い手に。

Unangan が認める使い手に。

そんな使い手にならなければと、

アウトサイダー松原は、日々精進する。

………だから、部外者なのだ。ハッハッハー!

…師曰く、「アウトライダーは、アウトサイダーでなければならない。」

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Shiretoko Memories .

私が、知床へ行った最後の理由。

それは友との再会。

また、新しい出会いを求めて。

今回も、笑顔と固い握手が出迎えてくれた。

そして、

別れ際、わざわざ、長い長い行列をつくって

笑顔で握手してくれた友、友、友…。

知床の海は、人と人との、絆を強くする不思議な力を持っている。

また、来年!!!!!

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知床の海とアリュートパドル

今回の知床にいった3番目の理由。

新谷さんが漕ぐ後ろ姿を、目に焼き付けるため。

今年も春から、私のアリュートパドルを、知床で使い続けて下さっている。

日本で一番私のパドルを、本当に使ってくれている人、新谷さん。

新谷さんは、多くを語らない。

でも、新谷さんの当を得た指摘を糧に自分のイメージを形にする。

前回、私のパドルを使えば、手にマメが出来ないと嬉しそうに語ってくれた。

しかし、今回持参したパドルで、新谷さんの親指の付け根は、

マメで痛々しく皮がむけていた。試行錯誤。

依り、良いモノを。もっと上へ。だから、試行錯誤は欠かせない。

私が、アリュートパドルを作る理由。

それは、単純に、実際に使える良い道具だからだ。

木で出来ていなければならない理由があるから、木を使う。

他の素材では、イミテーションしか作れない。

ウナンガンは、木を素材として最高の道具を完成させた。

そこから、本質を学ばなければならない。

海の条件の良いとき、パドルは、なんでも良いのかも知れない。

でも、荒れた知床の海を漕ぐとき、選ばなければならないパドルがある。

新谷さんの後ろ姿は、そう語っているように感じた。

パドルは、身体の一部である。

経験や技量に見合った物を、持っているか。

海が荒れた時、そのことを一番実感する。

博物館から、引っ張り出して再現し、使っているのは、

実際に使える道具だと判断したからだ。

新谷さんの後ろ姿と知床の海が、いろんなことを教えてくれる。

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ウナンガンの魂と知床エクスペディション

知床シーカヤックシンポジウムに

私が参加した2番目の理由。

それは、参加するカヤッカーに、ひとりでも多く、バイダルカ体験をしてもらう為。

そして、アリュートパドルを体感してもらう為、であった。

そのフィールドとして、知床は、最高の舞台である。

嬉しいことに、今回の収穫は、私の想像を大きく超えるものとなった。

このエクスペディションで、プロガイド、新谷さんや柴田さんは、

結局、一度もバイダルカに乗るチャンスがなかった。

入れ替わり、立ち替わり、全身のセンサーのゲージを全開にして、

感度ビンビンでバイダルカを感じてくれた参加者。

今、日本のシーカヤッカーは、バイダルカを、自ら漕いでみたい舟と、

認識しはじめてくれた。これは大きな変化の始まりである。

今回、順番が回ってこなかった参加者からも、次回は是非乗らせて下さいと、

うれしい言葉を、別れの挨拶としてくれた…。

ウナンガンと同じDNAを持つ、日本のシーカヤッカ-のDNAのスイッチが

きっと反応しているに違いない。先ずは、3年後が楽しみだ。

何人のカヤックハンターが知床の海を漕いでいるのだろう。

そして勿論、

そのカヤックハンターの手には、アリュートパドルが握られている。

ナローブレードのアンフェザーパドル。

リバーカヌー全盛の18年前のカヌーイングマガジンに紹介されていた

ワーナーのアークティック・ウインドの解説には、

……「シーカヤック用。強風時など、荒れた海用。」としか説明はなかった。

フネの解説は、こんな感じであった。

……「このところ、特に注目を浴びている海をツーリングするフネ、シーカヤック。デザインは、やっぱりフランス。欧米の先進性には、頭が下がる。」 ………。

18年前では、想像もしなかったことが、実際に、知床で起きているのである。

これからの知床。これからのバイダルカ ・ アリュートパドル。

その未来は、日本のシーカヤッカーに委ねられている。

ウナンガンのDNAは、あなたの細胞にもあるはずだ。

だって…、

私の目覚めたDNAは、知床で共鳴していたのだから……。

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ジョン・ダウドとバイダルカ

Mr . John Dowd 、ジョン・ダウド。

今回の知床に行く一番の理由は、

彼に会えるからだった。

彼が、私のバイダルカをどう思い、どう感じてくれるか。

それがなにより知りたかった、からである。

Mr ジョンは、スゴイ人である。

どうスゴイか。

彼の著書のプロフィールには、こう記されている。

1945年、ニュージーランド生まれ。

63年自作カヤック製作。65年カヤックハンターとなる。67年南米アンデスを目指す。

68年英国でアウトドアスクール教師。69年シンガポールからジャワまでのカヤック遠征。

71年母国に戻りアウトドアスクール教師に。72年南米冒険ツアーのドライバー。

73年ナショナルジオグラフィック誌の取材で南米パタゴニアにカヤック遠征。

74年北海油田にて職業ダイバー。77年から翌年にかけてカリブ海縦断カヤック遠征。

80年エコマリンオーシャンカヤックセンター設立。81年著書「シーカヤッキング」出版。

84年雑誌「シーカヤッカー」を創刊。90年から8年間童話作家に転身。

98年から3年を掛け家族でヨーロッパを放浪。

2001年、カヤック界に復帰、現在に至る、なのである。

彼の著書「シーカヤッキング」は、シーカヤッカーのバイブルとして、

世界中で読み継がれている。大先輩・新谷さんの先生なのである。

これ以上、スゴイ人はいない。そんなスゴイ人、なのである。

そして、かたや

Baidarka 、バイダルカ。

ロシア語でアリューシャン・カヤックのことを、こう呼ぶ。

太平洋のてっぺんにある島々、アリューシャン列島。

そこに暮らした、自らを「ウナンガン(人間)」と呼んだ先住の民。

我が北海道の先住の民が、自らをアイヌ(人間)と呼んだのと繋がる。

しかし、ロシア人は彼らのことを、アリュート人と呼んだ。

アリューシャン列島から、カムチャツカ、千島列島、そして北海道が、

繋がっている海道の、その存在を意識した時、

私が北海道で、ウナンガンが作り上げたバイダルカを

再び甦らせる意義を、必然を感じたのである。

今回の知床の旅で、羅臼町の郷土資料室室長で学芸員の

涌坂周一さんにお目に掛かれた。

羅臼の遺跡発掘、出土品の保存に奔走されている。

遠い遠い過去のことを思うとき、鍵になる物から、研究者がどれだけ想像出来るか。

想像力が大事だと、涌坂さんは、おっしゃった。

考古学者は、見てきたように、想像力で過去を語る。資料が、証拠がそれを裏付ける。

北海道の、太古のオホーツク文化において、

オホーツク人が、革張りの舟を使った事実を裏付ける証拠はまだ、見つかっていない。

しかし、我がバイダルカは昨年につづき、

今年も、新谷さんはじめ、参加者、関係者の御陰で、無事、知床半島を一周した。

Mr ジョンは、持参した我がバイダルカを、自ら操り、

そのクオリティとタフさに賛辞を下さった。

身に余る光栄である。

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勿論、今後の課題も与えて下さった。

「君の技術なら、本物の革で再現出来るはずだ。トド革で、再現して欲しい。楽しみにしている。」

私の側に、ドラえもんはいない。海のない内陸に住む私には、想像力がすべてだ。

わたしが、南富良野に住む理由は、そこにもある。

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世界の宝 ・シリエトクから、無事帰還。

アイヌ語「 シリエトク 」 、地の果て、知床。

4泊5日のシーカヤックによる、知床エクスペディションから、

やっと、帰って参りました。

またまた、今回も

例えようのない貴重なひととの出会い、経験が財産となりました。

出会った人も、知床の自然も素晴らしかった。

そして、

南富良野から知床まで、およそ400km。

シンポジウム参加の後、打ち上げに参加してからの

ミッドナイトドライブ。いささか、お疲れ…。

お土産話は、ゆっくりと。

まずは、ご挨拶、ということで、

「た・だ・い・ま!!!!!」

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カヌービルダー養成講座?

最近の工房は、こんな感じで、作業が進められている。

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ウッド&キャンバスカヌーは、モールドから外され、

残りのプランク材を張り終わる前に、

デッキ材、ヨーク材、スォート材の加工、取り付けが

控えている。その後、キャンバスで覆われる。

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そしてそして、今回は…、

平行して、久しぶりのカヌーが製作されている。

ウッドストリップカヌー。

インディアンカヌークラフトの創世記には、

100を超えるウッドストリップカヌーが

生み出された。

日本では、木製カヌーの代名詞となるカヌーである。

今月、20日から、製作研修で、

遥々、栃木から、研修生が製作に励んでいる。

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「 世界のHONDA 」が母体の、ツインリンクもてぎ、

その関連施設、ハローウッズのスタッフ、木田博之さんが、

指導者研修をしているのである。

www.honda.co.jp/hellowoods/

研修が終われば、ハローウッズで、カヌー製作が体験出来るはず…。

那珂川で、自作の木のカヌーが浮かぶわけである。

親子で…、家族で…、仲間同士でカヌーを作る。

そんな日が、直ぐそこに控えている。

松原の作る世界と、また別の世界が、ひろがってゆく…。

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いよっ!待ってました!真打ち、登場!

いよいよである。真打ち、登場。

わざわざ、二風谷から、高野さんは持参して下さった。

私のアリュートパドルに、高野さんのアイヌ文様が施されたのである。

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アイヌの魂を宿す、パドル。

挑戦は続く。

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明後日、その真価を問う。

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アリュートとアイヌが、出合う。

偶然は、必然か?

高野さんに、感謝。

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カヌーで行く、金山小学校・春の遠足。

薄曇りで、でも、お日様もちゃんと顔を出してくれて、

風のない、カヌー日和のかなやま湖。

小学1年生から6年生まで、巾のある年齢の12名。

野性児の雰囲気を感じさせる全校生徒。

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カヌー体験終了後、全員が待ってました!と、ばかり湖水に飛び込む。

ずぶ濡れのビショビショ…。

羨ましい、子供の特権、かな。

かなやまのこども達には、湖水の冷たさは、関係ない。そして、笑顔が炸裂する!

(余談だが、先生達と集合写真をとると上手く行かないのが今回分かった。先生達に見守られながら、配列の指示が繰り返される度、こども達から笑顔が消えてゆく。パスポートに使うような表情といえばいいのか…。勉強になるなぁ…。)

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そんなこんなで、

総勢18名、おやつを持って、みんなでワイワイ言いながら

風のないかなやま湖で、初めて、長距離の散策ができた。

およそ、7km、みんな、自分で漕ぎきった。

楽しい想い出は、自分への自信にも繋がっただろう。

もっともっとカヌーを、地元のこども達にとって、身近な存在にして上げたいなぁ…。

実は…、

次回、7月21日は、「 空知川の支流、パンケヤーラ川で、川遊び 」が控えている。

かなやま公民館活動で、再度、講師を務めさせて頂く。

忙しいなどと言ってられない。

こども達と共に過ごす時間は、

私の大事なエネルギーの源、なのである。(今年も、鰍・かじかに会えるかなぁ…)

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海のバイダルカ、内陸の水面に浮かぶ。

インディアンカヌークラフトのサイト用写真の撮影を兼ねた早朝湖面散歩。

日月社のデザイナー ・ 山本敬介さんと、バイダルカで遊ぶ。

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もちろん、新しいデザインのアリュートパドルと、

高野さんのアイヌ文様を施したアリュートシングルパドルを持って。

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べた凪の湖面を

ロードレーサーの如く、駆け抜ける感じ。

海のバイダルカは、

ここでは、疾風となり、湖面を切り裂く。

音もなく切り裂かれた水は、

何事もなかったように

せせらぎ、わずかに踊り、そして沈黙する。

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早朝のバイダルカ。2ハッチバイダルカには、湖が小さく思えた。

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水の上にいる幸せ。湖上散策のススメ。

朝もやに包まれた早朝のかなやま湖。

満水状態の湖面は、周りの樹木が写り込み

幻想的な世界を醸し出す。

パドルを伝わる滴の音、

その静けさに、野鳥の声が響く水面。

かなやま湖でのカヌーには、ロッドは、必需品。

音もなく進むキャンバスカヌーを、大物のライズが、出迎えている。

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実は、今度の水曜日に、

金山小学校の春の遠足がある。

私が講師で、校長先生はじめ、教職員みんな、全校生徒で

「 かなやま湖 ・ カヌーで春の遠足 」なのである。

それで、カヌー経験のない新任の先生と一緒に

事前講習を兼ねての早朝カヌー、というわけである。

早起きは三文の得。それはそれは、気持ちのイイ、時間が過ごせた。

当日が、楽しみ楽しみ………。

金山小学校は、授業で犬ぞりも、カヌーもできる。

そんな、小学校時代が過ごせる羨ましい学校なのである。

講習の終わった、先生御夫妻も、

カヌーの魅惑の世界に引きずり込まれてしまった。

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上手になって、川旅にでかけましょう。

なんてったって、私たちが住んでいるのは

「 でっかいどう、北海道 」 ですから。

住んでる私たちが、もっと楽しまなきゃ。

灯台下暗しじゃ、もったいない。

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長刀。アリュートの魂は、呼び戻せるか!

松原の製作作業は、同時進行で、それぞれが少しずつ形を変える。

今、ウッド&キャンバスカヌーとアリューシャンカヤックと

アリュートパドルとノースウッドパドルと、特製フォトスタンドが、手掛けられている。

アリュートパドルは、これまでいくつかのデザインを試している。

奥が深い世界なので、試行錯誤は長期にわたる。

近々、バイダルカで、試すパドルが出来上がった。

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道具としての機能を、何より大事にしなければならない。

残念ながら、ここには海がない。

内陸のここトナシベツでは、

谷間の湖を海に見立て、

敢えて、強烈な夕張おろしの強風を選び

白波が立つ、湖に漕ぎだす。

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早朝バイダルカ、を少し企もう。

とにかく漕ぐ。漕いで身体に問いかける。

最初のひと漕ぎでわかること。

しばらく漕いでわかること。それが、1時間なのか、半日なのか1日中か。

1週間漕ぎ続けるパドルとは。

先ずは、

鈍った背筋に活!!!を入れなければ。

…漕ぎ手・使い手の注文が、肌で感じられるように。

…想像力 ・ 野性の感、を養うために………漕ぐのだ。

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アリュートカヤック、アイヌの魂と出逢う。

二風谷の木彫師、高野繁廣さんが御夫婦で、

わざわざ、トナシベツまでパドルを届けに来て下さった。

アリュートシングルブレードパドルに、

アイヌの文様が施されたのである。

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パドル表面に、創(きず)を付ける。

その創は、それぞれが意味を持つ。

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パドルに魂が宿る。

半信半疑だった。やってみなければ判らない。

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でも、高野さんが、楽しみだと言ってくれた。

それだけが、頼りだった。

レプンカムイ(海の沖の神)

コタンコロカムイ(村を司る神)

カムイシクノカ(神の目の形)

ラムラムノカ(ウロコの形)

アパポエプイ(花の芽の形)

モレウノカ(静かに曲がる形)

海獣・一角、ヤマネ。

ひとの想いを形にする。

「どうかこの道具が、本来の機能をより高め、神のご加護により、使い手に幸多かれ。」

パドルが、自己主張を始める。そんな気がしてくる。

気のせいでは、ない。

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……海が、北の海が待っている。

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しゃも・高野繁廣、アイヌの魂を受け継ぐ人。

5月14日。

やっと、二風谷の高野さんに会えた。

木彫師であり、アイヌ民族の民具の造詣が深く、

博物館の学芸員が教えを請うような先輩である。

日月社の山本敬介さんの紹介で、今日の良き日が、迎えられた。

本当に感謝である。

今日の訪問は、私の削りだしたパドルを持参し、

その表面に、アイヌ彫りを施してもらう、

という無理な願いを聞き入れてもらうためである。

高野さんは、私のパドルを舐めるように撫でて、

いろんなチェックをさり気なくされる。

高野さんの手は、どんな目よりしっかりと見ている。

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久しぶりの緊張感。自分の鼓動が聞こえた。

………、

そしてにこやかに、

「やらせてもらいます。」と言ってくださった。

どこに、どんな彫刻をするか、既にイメージしながら触っていたそうである。

それから、

「パドルに彫刻するのは初めてだ。一週間ぐらい時間を下さい。できあがりが楽しみだ。」

とさらにうれしい言葉を賜った。木地を作った人間としては、身に余る光栄である。

緊張がゆるみ、(多分情け無い顔になっていた筈だ)

安堵した。

高野さんは、シャモ と自称される。

そして、和人・大和人・シャモだからこそ、

アイヌの文化を本当にさり気なく、スッキリと

民具を通じて、アイヌの「 魂 」を伝えようとしてくれる。

私は、先人の知恵を学びたい。

そしてその先人の、人間の、素晴らしさを感じたい。

高野さんが伝えようとしているアイヌの魂と、それは重なる。

私がこれまでしてきたこと、

北米や北欧、北方圏の先住の民の文化を模倣することは、

とても、遠回りだったけれど、

回り道をして出逢えた人や物は貴重な財産となり、

北海道の先住の民の文化を学ぶ素地となっていると思う。

「人間の素晴らしさを知り、それを磨き、後人に手渡す」

純粋にその気持ちだけで

モノ作り、道具作りをし、それを使い続けている。

高野さんのアイヌ民具製作は、独学だそうだ。

博物館に足を運び、じっくりと見て、再現し、使い、手を加えを繰り返す。

己の技量経験から、間接的に先人の知恵を感じ、学び、さらに昇華させる。

私の理想を、実践する人である。

そして、

来週のパドルの完成まで、

是非、皆さんに、お薦めする本がある。

読んで、見て欲しい本。文章、解説は勿論、写真が素晴らしい。

完成したパドルをより、しっかりと見て、感じてもらいたい。

そのためにも、必読 ・ 必見です。

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……わがままで、ごめんなさい。(笑)

注:

しゃも
【シャモ】
【和人】
◇[アイヌ語]Shamo
○大和民族。
 参照⇒やまとんちゅ(やまとんちゅ,大和人)
◎アイヌ人が和人の住む地域を"Shamorshir(隣の国)"と呼ぶの
を和人が聞き、なまった語という。

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ニセコの羆、現る!大先輩、プロガイド新谷暁生。

ここ数年、私が形にしたアリュートパドルを使うために、わざわざ回り道をして

工房に立ち寄って下さる大先輩、新谷暁生さん。

今年も、先輩の知床が始まった。

昨年、第一回知床シーカヤックシンポジウムが、9月に開催され、私ごときを招いて下さった。

そして、今年もまた、お誘い下さった。有り難き幸せ、である。

新谷さんの知床は、シンポジウム以外にこんなに盛り沢山だ。

知床エクスペディション2007/ガイド 新谷暁生--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

貴重なカヤックフィールド、知床を紹介するために今年も漕ぎ続けます。日程は以下の通りです。

1回目 4月29日(日)-5月6日(日) 7泊8日

2回目 5月10日(木)-5月16日(水) 6泊7日

3回目 5月27日(日)-6月3日(日)

4回目 6月8日(金)-6月14日(木)

5回目 6月21日(木)-6月27日(水)

6回目 第2回知床カヤックシンポジウム 
              7泊8日
7月1日(日)-7月8日(日)7月3日(火)~7月10日(火)
     

7回目 7月14日(土)-7月20日(金)

8回目 7月27日(金)-8月2日(木)

9回目 8月9日(木)-8月15日(水)

10回目 8月22日(水)-8月28日(火)

9月以降未定

各回最小催行人数1名、シンポジウムを除く募集人員は各回12名前後。経験など参加資格はありません。

参加費用各回92000円。6泊7日分の全食料、艇装備、テント、食器、保険料及びガイド費用などを含みます。酒と個人装備のみ持参してください。艇の希望など詳細はお問い合わせください。なお2名以下の場合は料金が変更されます。ご了承ください。

2回知床シーカヤックシンポジウム

知床のカヤックを全国のカヤッカーのみなさんに知ってもらうための企画です。上陸した各キャンプ地でシンポジウムを開き、最終日に羅臼町公民館でパネルディスカッションをおこないます。今年はカナダからジョン・ダウド氏を招請します。募集人員40名、参加費用未定 羅臼町、知床財団などの後援が予定されています。詳細はお問い合わせください。

企画 柴田丈広、新谷暁生

5月以降のお問い合わせは新谷携帯090-8634-0510にお願いします。

※海に出ている場合、携帯は通じませんのでご了承ください。

Lodge Woodpeckers / Northern Adventure Kayaks
〒048-1511 北海道虻田郡ニセコ町字ニセコ447-33 
新谷 暁生 Shinya Akio
Tel/0136-58-2479    Fax/ 0136-58-2493

是非、チャンスを作って参加をオススメする。

日本で、世界に誇れるシーカヤックツアー。

そして、今回、

手土産持参で来て下さった。

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そして勿論、抜かりはない。礼節を重んじる新谷さんである。

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生き急いでいるようなそんな気さえするほど、バイタリティーに溢れている。

今年の知床でも、私のパドルが新谷さんの体の一部となる。

身に余る光栄。

同じ時間を生きていて、本当に良かった。

新しく製作するアリューシャンカヤックのアドバイスも頂いた。

………、

新谷さんは、いろんな事を、「さりげなく」授けてくれる。

……「私は、私が出来ることを、今精一杯にやるだけ。」

追い付きたい、でも追い越せない。

私の数少ない、背中を見続け、追いかける人。

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ワルダクミ…つづき。

11月12日。やっと、十梨別が雪化粧です。

Photo_4 わずか、10cmですが、やっと気分が出てきました。冬モードに切り替えです。

そして、橇犬たちの話題へといくはずなのですが…。

徹夜して読んだ本のことが、どうしても頭を離れず、悶々としているので…。

その本とはコレ。

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ワルダクミの、元となる本であります。ここで書評をしてもしょうがないので、なんでこれがワルダクミなのか…。

本文にもあるのですが、

…カヤックの歴史を調べているケン・ブラウニー氏によると、「エスキモー族(イヌイット)は好んで陸の見えるところにとどまる傾向にあるが、アリュート人は定期的に、あるいは意図的に水平線を越えカヤックに乗って出かけた。カムチャツカ半島、日本、サンフランシスコ、バハカルフォルニアへまで、足を伸ばした。」

と言う説である。これは現在、いろいろな証拠がその裏付けをし始めている。

著者ジョン・ターク氏は、実体験からこう記している。

「…縄文人、アリュート人、それに…先住民たちは、きわめて有能な舟人だったということだ。北アメリカへ最初に到達した移民が辿った正確なルートについては、これを跡づける決定的な証拠が見つかっていない。彼らがどんな風にしてそこへ到達したか未だ分からないのである。」

知床で2ハッチのバイダルカを、ガイドの新井場さんと漕いだときに、

「二人乗りが一人休んでしまうと、結構キツイっすね。でも、もう一人いたら、一人休んでも二人が漕ぐと、この船足なら、いい感じで距離稼げますね。」

この会話が、ヒントになった。

俺の頭の中では、…

「じゃあ、もう一艇あったら、洋上でメンバーチェンジも出来る?双胴船にしてしまえば、洋上で夜もやり過ごせるな…。3ハッチのバイダルカ………。2艇……。」

洋上の大きな波、ねじれ波、嵐を漕ぎきる超人的な体力・テクニック。

霧の中のルートファインディング。野生のナヴィゲーション能力。

アリュートの魂、3ハッチバイダルカ。

今年の犬ぞりツアーは、ウキウキでワクワクですが、マッシャー松原の頭の中だけは、アリューシャンの風が、吹き荒れそうです。

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アルガフォレスト・柴田さんと知床サンダル

エルニーニョが発生して、今年の北海道は、暖冬だそうです。ちょうどお昼ぐらいから、ミゾレ混じりの雨です。雪化粧は、いつになるのか…。

そんな、憂鬱な日に、写真付きのメールが届きました。

P9150048 知床シーカヤックシンポジュームでの、一コマの写真。

キャンプ地に流れ着いていた流木で、私が作った板草履。

今回の旅では、パドリングシューズの他には、悪天候でのキャンプシューズとして、ゴム長しか持参していなかった私は、折角、天気のいいゴロタ石の浜を、快適に過ごすため、現地調達でなにか作ってやれ…、の手慰みでした。

参加者のみんなに、人の手が介在することで、ゴミのように転がっているモノが、人の役に立つ道具に生まれ変わるのを、身近に感じさせてあげたい。

そんな、単純な発想でした。使った道具は、レザーマンだけ。

「予想外」の反応で、「シンジラレナ~イ」のひとときでした。

真っ先に、興味を持てくれたのが、アルガフォレストの柴田さん。

http://www.algaforest.com   

日本を代表するシーカヤックインストラクターです。

普段、ガイドとして接客する側にいる彼は、目一杯、今回はゲストとして楽しんでいたように思いました。やはりプロです。バイダルカやアリュートパドルも、率先して使ってくださいました。感謝です。

そんな彼から、知床サンダルの写真と共に、今度は一緒に、犬ぞりツアーで会いたいなどというメッセージ。社交辞令でも、単純に、うれしくなっちゃいました。

雪原・渓谷の雪の道を旅しながら、どこか頭の片隅で、海の旅のことを想像する。

あ~、本当に雪が待ち遠しい!!

そうそう、マガジンハウスのTARZAN no.477 にも、シンポジュームの報告が、掲載されているそうです。(この辺では、手に入らないのでまだ見ていませんが)

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異彩 !

9月の12日のことだから、もう1ヶ月以上前になる。世界自然遺産「知床」での、シーカヤックシンポジウム。

参加者の素晴らしいブログを覗いたりしていたので、自分の写真が、ほったらかしになっていた。

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写真の場所は、知床落合湾。近代カヤックがひしめく中、異彩!である。

5日間の何物にも代え難い、貴重な体験。その報告が、ある雑誌で行われるそうだ。http://sadaiwate.jugem.jp/

その名も、「Kayak  海を旅する本」 だそうだ。シーカヤックのバイブルらしいのだが、初めて知るというお粗末である。もう既に、10数冊発刊されているとは、山にいる自分には、寝耳に水である。

自分の場合、この手の一般書店に並ばない、そんな本は、札幌、秀岳荘の鳥海さんに、相談だな。

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ワルダクミ…。

積丹でシーカヤックガイドをしている積丹カヤックスの西村さんと、サホロのベアマウンテンに勤める高橋くんと久し振りの再会である。へら蟹、蝦夷鹿でうまい酒。時間を忘れて、話に花が咲いた。

手土産に西村さんが持参してくださった貴重な本。アリュートがバイダルカでハンティングに使っていたハンティングハットに関する専門書である。_001

大変綺麗な本で、眺めるだけで充分楽しめるのだが、それで終わらないのが、ビルダー松原である。バイバルカ同様、ハンティングハットも、再現しましょう。ドップリとアリュートの世界に浸かってゆく。超マニアックな世界へと突き進む。

そういえば、ひそひそ話で、2艇の3ハッチバイダルカのフレーム…、それに使うトドの皮…、6名の先鋭部隊…、アリューシャン列島…、ティム・セヴェリンのブレンダン航海記に、負けてられない…。

一体何をするつもり…。

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マイナス5℃の朝

満天の星空から、朝は冷えるぞと思っていたら、案の定氷点下5度。

出しっぱなしのバイダルカは、霜で真っ白に朝日を浴びて輝いています。そろそろ、Photo 移動手段の入れ替えです。水上の乗りものは、雪上の乗りものにバトンを渡します。

朝の出来事と言えば、あんなにウチの回りにいた蝦夷鹿が、消えてしまいました。暗いうちは、雄鹿の雄叫びが木霊していたのに。

実は、今朝から一般のハンターの猟期がスタートしたのです。大型の四駆が走り回っています。銃声は一度も聞いていないので、鹿は、何を情報に姿を消すのか?蝦夷鹿新聞ってあったりして。

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木のカヌーの叫び

_022 West - Coast  Canoe  Co.  Made  in  Canada

このメーカーのカヌーが何艇、国内に存在するのかわからない。しかし、補修・修理のレベルではない、ボロボロのカヌーを復元してほしいと、また依頼が舞い込んだ。輸入業者は、どの程度の知識でこの舟を、日本に持ち込んだのだろう か。

長く付き合うには、それ相応の、知識・経験が必要だ。そんな道具と付き合うチャンスのない、今の人達。

ウッド&キャンバスカヌーは、部品の寿命があっても舟の寿命がない。部品の交換で舟は甦る。Img_0680生活必需品とはそう言うものであったはずです。木の道具を、生活に取り戻したい。本当にそう思う。

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